普通の怒りと癇癪(かんしゃく)のちがい

普通の怒りと癇癪持ちが放つ怒りのちがいは何でしょうか?
それは二つあります。
ひとつは感情の爆発であるかどうかという点と、怒りのコントロールができるかどうかという点です。

今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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1.感情の爆発という問題

健康な人が怒る場合、たとえ興奮することはあっては感情が爆発するということはまずありません。

それに対して癇癪持ちの人が怒ると感情が爆発するのは時間の問題です。
おもしろいことに癇癪持ちの人は他の人も怒るときには感情が爆発すると思い込んでいるのです。
誰あろう、そう思い込んでいたのはありのパパにほかなりません(笑)。

2.怒りをコントロールできるか?

健康な人も、余りに腹がたつと(いわゆる「激おこ」というやつです)怒りが爆発することがあります。
それでも心の中で「ここで感情を爆発させてもいいかどうか?」を慎重に見極(みきわ)めているものです。

しかし癇癪持ちの人々は怒るのが早いか、感情が爆発するのが早いか、というぐらい必ず怒りに感情の爆発が伴います。
そして感情を爆発させてはならない場面に限って、感情を爆発させてしまいがちです。

(ここからはツイッターでのご質問にお答えします)

3.大人の癇癪は怒ることに味をしめてしまった結果なのか?

ある意味ではその通りであると言えます。
依存症者は、利己的生き方のためにストレスがたまり、そのストレスを解消するためにある特定の方法を使い続けてきました。

余りにも同じやり方を過度に使い続けた結果、依存症になったというわけです。

ある方は「私は利己的生き方などしていない」と思われるかもしれません。
しかし本音を隠し、建前だけで生きる生き方も利己的生き方の一種なのです。
なぜなら「本音を出すのは困難だ。建前だけで生きるほうがたやすい」という考えは利己的そのものの生き方だからです。

4.「癇癪は体質だ」という意見はどうか?

ある方は癇癪は体質であり、「食べても太らない」とか「 痩せの大食い体質」と同様なものであると言われます。

果たしてそうでしょうか?

ありのパパはそうではないと考えます。
なぜなら癇癪は自由意志を用いて怒りを爆発させることによって場をコントロールしようとした結果だからです。

体質であれば治るとか回復するとかを望むことはできません。
しかし依存症であれば、治ることはできませんが、回復は可能です。

5.癇癪持ちの回復の方法

それは自分の癇癪が依存症であることを認めることです。
そして依存症からの回復に用いられている方法を採用することです。

解決策は二つあります。

ひとつは共同体から受ける助けであり支えです。

ここで言うところの共同体とは12ステッププログラムを用いて回復を図っていく依存症者の団体です。

もうひとつは12ステップに取り組みさえするなら与えられると約束されている霊的目覚めです。

霊的目覚めとは回復するのに十分な人格の変化です。

◎「仕方ない。私は癇癪持ちだから」という言い訳からまぬがれて、誰でも怒りの問題から回復することが可能です。
平安と祝福を祈っています。

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