ペシャワール会の伊藤和也さんのこと。

2008年8月26日にペシャワール会職員の伊藤和也さんが誘拐され、結果として殺されるという事件が起きました。

あれからもう7年の月日が流れたのかと思うと感無量の想いが致します。

この事件は他の日本人拉致事件とは全く様相を異にしていました。
他の日本人拉致事件では産経新聞・読売新聞をはじめとする国内世論はただただバッシングに明け暮れるという人間として恥ずかしい醜態(しゅうたい)をさらしました。

しかしこの事件ではそのようなことは起こりませんでした。
ペシャワール会の創設責任者である中村哲さんも「この事件をきっかけにして日本国内からバッシングを受けるのではないかと危惧(きぐ)していたが、そうはならなかった」と安堵(あんど)しておられました。

その理由はペシャワール会が長期間にわたりアフガニスタンで奉仕活動を行っていたことが日本国内にある程度知れ渡っていたことがあげられるでしょう。

この事件では、伊藤和也さんと懇意(こんい)にしていた村人の千人以上の方々が伊藤さんの探索に協力してくださいました。
この事態にパニックになった犯人が伊藤さんの太股(ふともも)部分を撃ち抜き、その部分からの出血多量のため亡くなられたと言われています。

当時31才の青年だった伊藤さんのどこにそんな力があったのだろうと不思議に思わないわけにはいきません。
彼は職員採用試験において次のように語りました。
「私は現地語は不得意ですし、農業技術もマスターしているとは言えません。しかし現地の方々と共にご一緒に成長していきたいと願っています」
この彼のマインドが千人もの村人を突き動かしたのではないでしょうか。

現在、新安保法案が審議されています。
これの表向きの趣旨は世界中どこにでも紛争の解決のために自衛隊を派遣できるようにするためです。

しかし本意はアメリカ軍と共に世界中のどこででも戦争をおっぱじめることができるようにするためであると言われています。

中国の領土拡張野心がむき出しになるなか、そのための準備は必要かもしれません。
しかし私たちは今一度立ち止まって、伊藤和也さんのなしたことを想い、平和への真の貢献とは何かを考える必要があります。
それが彼の死を無駄にしない唯一の道であると考えます。

◎伊藤和也さん、産まれてきてくれてありがとう。
そして短い生涯だったけれど、どう生きるべきかの模範を示してくださってありがとうございます。
残されたご両親をはじめ、ご家族の上に神のなぐさめと平安がありますようにと祈っています。

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