幸せは自分もち。他人はあなたを幸せにできない。

人をあてにしていると自分の回復があやうくなります。
今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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1.「あの人にこうなってほしい」と期待するのは実は依存

相手に対する依存は私たちの回復に致命的な悪影響をもたらします。
なぜなら「この問題を解決するためには、相手が変わってくれることが絶対必要だ」という思い込みは、実は自分の回復は相手の変化にかかっていると言っているようなものだからです。

この文章をお読みの方のなかには「理屈はわかるけど、現実はそうではない。やはり相手が変わらないと何ともならないこともある」とお思いの方もおられるでしょう。

確かにその通りです。
ただここで言っているのは、すべての問題に対してではなく、「私個人の回復」という問題に対してだけです。

もし自分の幸せが私自身の心の有り様だけで決まるなら、私たちは力強く生きていくことができるのではないでしょうか?
そうです。実際に自分の幸せは自分もちであり、他の誰かの変化を必要とはしないのです。

2.間違った思い込みは繰り返し打破する必要がある

12ステップにたどり着く以前の私たちは問題を他人のせいにしてきました。
その結果、自分の人生がどうにもならなくなり「思い通りに生きていけなくなったことを認め」ました。

そして12ステップに取り組みさえするなら与えられると約束されている『霊的目覚め』を手に入れました。
これで万々歳と思ったのも束(つか)の間(ま)、霊的目覚めという力を使って「生き方を変えていく」という宿題があることに気づきます。

どんな宿題かというと、それは「問題はあの人にあり、解決はあの人が変わることだ」という間違った思い込みを打破し続けることです。

3.間違った思い込みをもち続けるとどうなる?

まちがいなく私たちの回復は消滅します(笑)。

自分は無力であることを認め、自分を超えた大きな力が自分を健康な心に戻してくれると信じるようになりました。
これがステップの1と2で、私たちがやったことです。

このステップには「私たちの回復は自分たちの決心にかかっている」という前提があります。

私たちが回復するのに、両親が変わる必要もないし、恋人が変わる必要もないし、夫が、妻が変化する必要もないのです。

私たちが変わるのに必要なのは、私たちが決心することです。
それ以外はなにも必要ではありません。

4.自分の回復は自分自身に掛かっている

これはもちろん「私の力に掛かっている」ということではありません。
そうではなく、あなたがどのような環境のなかにいようとも、もしあなたが自分の無力を認め、神になら自分を健康な心に戻すことができると信じ、自分の意志と生き方を神の配慮に委ねる決心をするなら、あなたは回復することができるということを意味しています。

私の回復・幸せは「あの人が変わること」に掛かっているという間違った思い込みは、あなたに耐え切れないほどのストレスを与えます。
そしてそのストレスはあなたのソーバー(しらふ)をいとも簡単に崩(くず)してしまいます。

依存症者にとって(ACも含みます)、変わっていくことの責任を相手に押し付けてしまうところからくるストレスは命取りになります。
「相手が変わってくれないから、私はこんなにストレスを感じている」という思い込みはコントロール不可能な状態に私たちを引きずり込みます。
そうなると嗜癖(しへき)の嵐に再び巻き込まれるのは時間の問題です。

そうならないための唯一の道は「問題は相手にはない。問題は私にある。そして問題の解決も私にある」と受け止めることです。
このように考え始めるとき、心の静けさが戻り、力強さにもう一度包まれるようになります。

◎平安と祝福を祈っています。