どんなに頑張っても自己評価が低い限り、その努力が実を結ぶことはありません。

特徴11
「私たちは、自分自身を厳しく裁定し、自己評価が非常に低い」

最近の映画で「俺はまだ本気出してないだけ」というのがありました。
「今俺がうだつが上がらないのは本気を出していないだけだ」というなんとも負け惜しみ感が全開しているような考えではあります。

しかしそのように考えるのには明確な理由があります。
今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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1.存在そのものにコンプレックスをもっている。

これを劣等コンプレックスと言います。
単に劣等感が強いというのではなく、存在そのものに対して「俺なんか、私なんか、生きていたらいけないんじゃないか?」という存在否定感があるのです。

この感情がある場合は、どんなに頑張って働いて業績をあげたとしても自己評価は低いままです。

理由はもう皆さんすでにお分かりのように自分の存在そのものに対して「自分はダメなんじゃないか」と思っていれば、外側の行いをいくら向上させても内面の評価は変わるものではないからです。

2.単に劣等感が大きい

劣等感とは「人に比べて自分はこの部分が劣っている」という認識であり、感情です。
この感情自体は良いものです。

なぜなら劣等感があるからこそ、人は向上しようと努力するからです。
もし劣等感がないなら、人はボッ~として人生を過ごすことになるかも知れません。

時々「私は恵まれない家庭に育った。だから今の不遇な人生がある」と、のたまう方がおられます。
どんなにひどい家庭で育ったのかと思って話を聞くと、良いお父さんとお母さんなのです。
問題は本人がワガママなだけ!(笑)

虐待されたわけでもなく、養育放棄されたわけでもないのに、不満たらたら。
この場合はただ単に責任転嫁をしているのに過ぎません。
(あきらかに虐待されているにもかかわらず、否認が強く、記憶を抑圧しており「自分は虐待されたわけではない」という方が多くおられます。この点は注意が必要です)

3.どのようにして自己評価を上げていくか?

『神の目に私は高価で尊い。だから私も自分自身を見捨てないし諦(あきら)めない』

聖書に『わたし(神)の目に、あなたは高価で尊い』とあります。
どんなに自分の自己評価が低いとしても、神が(ハイヤーパワー)が「そうではない。あなたは高価で尊い存在だ」と言っているのです。

それで私たちは自分が自分自身についてもっているイメージではなく、神が私自身について言っておられることを真実とします。

このようにして日常生活の場面場面で『私は高価で尊い』と自分に言い聞かせます。

◎マイナスからスタートしている限り、プラスになることは決してありません。
大切なことはマイナスだと思っていたことが実はプラスであったことに気づくことです。
ものごとはプラスからプラスへしか良くなることがないからです。
平安と祝福を祈っています。

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