感情・情緒の問題はしつこい!どうしたら安定的に回復の道を歩めるのか?

今日は皆さんとご一緒に『霊的目覚め』と『無力を認める』ことの関係を考えます。

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1.霊的目覚めをいただくと、無力はどうなるのか?

12ステップに取り組みさえするなら与えられると約束されているのが『霊的目覚め』です。
この霊的目覚めが与えられると『約束されていること』に書かれてあることが、ある人にはことごとく、またある人には部分的に実現します。

ここで注意しないといけないのが、霊的目覚めと無力の関係です。
この両者の関係の理解を誤ると痛い目に遭います。
なぜなら、私たちはいとも簡単に意識下で「治ったんじゃね?」と思い込むからです。
ここが依存症の、そしてパラアルコホーリクと呼ばれるAC(アダルトチルドレン)のやっかいな点です。

2.いったん依存症になったら治らない理由とは?

「依存症は治らない病気」と言われます。
これは臨床の現場において言われていることです。
また最近の研究によって脳の報酬系と呼ばれる部位に「快楽を強力に求めることを命令する回路」が出来てしまうと、生きている間はその回路はなくならないことが分かっているそうです。

ですから霊的目覚めが与えられたとしても依然として精神面での強迫観念は存在したままです。
たとえ表面的には治ったかのように感じたとしても、ある特定の状況・環境が揃(そろ)うといとも簡単に「最初の一杯の狂気」と言われる強迫観念は顔を出してきます。
そして「よくもここまで回復したもんだ」などと油断していると、虚(きょ)を突(つ)かれて誘惑に屈することになります。

ではそうならないためには、どうしたらよいでしょうか?

3.ステップの1から9を毎日繰り返す

ステップの10には「自分自身の棚卸しを続け、間違った時は直ちにそれを認めた」とあります。
この「間違った時」とは複数の意味を含みますが、ひとつは無力を認め損ない、そのため自分を越えた大きな力に頼ることがお留守になってしまうことです。

このような誤りに陥らないために、朝ごとの祈りと黙想の時間にステップの1から12を繰り返し読み、黙想することは大変よいことです。
また一日の中でリラックスしているときに自分の無力と神に頼るべきことに思いを巡らすのも、私たちが失敗しない保証となります。

4.回復の道を進むと見えてくること

今まで罪とも何とも思わなかったことが、ある時から突然「これは罪である。行ってはならない」という強い導きを感じることがあります。

ありのパパの例ですが、ありのパパにとって怒りの爆発とは文字通り大声を出して怒りを発散することでした。

あるときに電車からトロトロと降りてくる乗客に対して小さな声で「とろくさい!」とつぶやいたことがありました。
その時に内心の声が「あなたが今『とろくさい』と言ったのは怒りの爆発に当たるよ。強迫観念のスイッチが入ったのだよ」と教えてくれました。
本心を言うと「ここまで無力の範囲を広げなければならないのか?」という気持ちもありました。
しかしアルコール依存症の人々が徹底して禁酒を実践しておられるのを見て、その対象がなんであれ依存症を甘く見るのは命取りになるのを知っていました。
それゆえに導きに従うことにしました。

愚痴を言ったり、泣き言を言ったり、皮肉を言うのは怒りの不健全な現し方です。
健全な現し方とは相手の方に敬意をもって接しつつ正直な心で自分の本心を申し上げることです。
これさえ出来るなら怒りをどんな形であれ、爆発させる必要はないのです。

◎平安と祝福を祈っています。

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