ありのままを受け入れつつ、成長しよう!

今日もまた読者からのご相談です。
どうぞ皆さんも自分ならどうか、考えながらお読みくだされば幸いです。

…………ここからご相談…………

こんにちは。

正直に生きるとは…。
わたしは正直ではないと思われています。
それがいやでたまりません。
わたしは話す必要がないことはあえて話さない性格です。

わたしは言葉が少ないのか?
それとも誠実でないのか?
例えばですが(どなたかの所に私が)おばあちゃんがつくった手作りお菓子をもって行ったとします。
それをあえて私は「おばあちゃんが作った」とは話しません。
ところがみんなは普通「私が作ったんじゃないんだけど」と、最初から話すんですね。

私は隠すつもりもないのですが話しません。
わたしは誠実ではないのでしょうか。
「あなたが作ったんじゃないのね」と聞かれたので「おばあちゃん」と答えました。
そのことで、その人は私のことを正直でない人と思ったように感じました。
別に隠すつもりもなかったのにそういう目でみます。

私は言い訳も下手ですし、誤解を解くのも下手です。
仲間の裁く目がいやでたまりません。
誤解されてるなら即座に言い返せるように祈ってますがつらいです。
そのことはつらいと祈りのうちに告げています。
健全な人間関係じゃないと思ってます。
でもわたしの居場所はここです。
離れるつもりはありません。

ありのパパさんは誤解されてる時、うまく話せますか?
わたしは誤解されると思考が相手の考えに支配されます。
「どうしてそう思うの?」「そういう風に思われてるんだ」と、ショックで言い返すことができません。
わたしが不正直であり、誠実さに欠けるのでしょうか?

わたしは人間関係が下手です。
どんな面で成長すればいいか教えて下さい。

(お断り:意味が通るように文面を一部改変しました)
…………ご相談はここまで…………

こんにちは、くるみさん。
ご相談をくださり、ありがとうございます。

どのようにお答えしようかと考えました。
出てきた答えは「くるみさんの生きづらさを少しでも解消することが一番大切なこと」というものです。
今から読んでいただく回答がその助けに少しでもなれば幸いです。

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1.即座に反論できないのは良いこと

くるみさんは即座に反論できないことを何かいけないことのように思っておられるようです。
しかし、そうではありません。
かえって即座に反論することによって自分が損をすることのほうが多いです。
なぜなら即座に反論されると、相手は虚(きょ)を突かれて表面的には納得した振りをせざるを得ません。
しかし内心では納得などこれっぽっちもしていないのです。

このようなことは相手に恨みを抱かせるに十分です。
ですから即座に反論できないのは却(かえ)って良いことなのです。

2.誤解されているときは、グッと堪(こら)える方が効果的

くるみさんの反論する言葉ではなく、黙(だま)って堪(こら)えている姿が、相手の心を打ちます。
ですから黙って堪えている姿をさり気なくお見せするのです。
 
ある人はこう言うかもしれません。
「自然にそうするのなら良いが、お芝居でやるのはわざとらしいし、いやらしい」

これに対して私はこう答えます。
「どんな名優だって初めから自分の本心を語っているかのようにセリフをしゃべれたわけではない。練習を積み重ねて名優の域に達したのだ。だから私たちも初めから自然に出来るなどと考えてはならない。初めはわざとらしいかもしれないが、練習を積み重ねるのだ。そうしてこそ自然に振る舞えるようになる」

3.うそも方便(ほうべん)

私ならおばあちゃんの株が上がるように最初から「おばあちゃんが作りました」と言います。

「おばあちゃんがあなたのために早起きして作った!」と実際は早起きしてなくても私なら相手の方に申し上げるかもしれません。
なぜならその方におばあちゃんがどんな人かを知ってもらいたいからです。
そしておばあちゃんのその方に対する愛を感じてもらいたいからです。

4.「話す必要がある」と考える基準を考え直す

くるみさんが「話す必要がある」と考える基準はなんでしょうか?
私の基準は「愛」です。
その方がどれだけの人々に愛されているかを知っていただきたいし、おばあちゃんが愛しているのを知ってもらいたいと願います。
すべてのことをその基準に合わせます。
さて、くるみさんの基準とは一体なんでしょうか?
立ち止まってゆっくり考えてみることをお勧めします。

5.ありのままの自分を受け入れる

人が成長していくエンジンはなんだと思われますか?
自分の不足しているところを認識することでしょうか?
いいえ、そうではありません。
不足分を認識すると、人はそのような自分を責め始めます。
自分を責める心からは成長していくための動力は生まれません。

ではなにから生まれるかといえば、それは自分をありのままで受け入れることです。
「そんなばかな!?」と思われるかもしれません。
これはある面では体験したことのある者にしか納得できないことかもしれません。
しかし信じてやってみる価値のあることです。
毎朝、洗顔のときに鏡に向かって「あなたはありのままでいい」と呼び掛けます。
必ず、効果が表れます。

◎私からすると今日のご相談は甘酸(あまず)っぱかったです。
「そういや~、自分にもこんなことがあったな~。四十年前かな?」
くるみさんがご自分のありのままを受け入れつつ、なお成長を目指されますようにと祈っています。

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コメント

  1. くるみ より:

    くるみです。
    ご返答ありがとうございました。
    嬉しかったです。

    わたし自分のこと話すの苦手で、生きづらい毎日送ってます。
    でもありのパパさんの言ってた聖書のとても大切な動機、愛で話してたので自分のこと良かった!と思えました。
    言葉にして下さってありがとうございました。

    でも私に足りないのはありのまま生きるということ…かなと思いました。
    わたしは皆んなより正直じゃないんだな…と最近実は考え始めてて、でもこれが自分でガッカリ…。
    人から言われたくないって!言うのもあるし、でも
    でも少し誠実に話したいとだんだん思ってきました。

    最近びっくりしたことあります。
    ある方が「私、人に嫌われてるからね」って投げやりな言い方でなく言っていたのが新鮮でした。
    自分の弱さあんなに気軽に話せるのが。
    私は自分の性格的欠点話すなんて考えになかったから。

    ありのまま受け入れるって欠点を認めることもなんですかね。
    私は皆んなより不正直だったのかもって話せる人には話してみよう…
    そのこと話したら楽になるのかな…なんて。

    早速今日は自分の不完全さ謝りつつ話せたら、なんだか心が通じあって久しぶりに暖かい感じに包まれました。
    ありがとうございました。
    ありのままでいいって問いかけるのもやってみたいと思います。
    ありがとうございます。

    • ありのパパ より:

      おはようございます、くるみさん。
      コメントをありがとうございます。

      そうですね。まず「ありのままを認める」ことが一番大切なことだと思います。
      くるみさんが「ありのままを認めるとは、自分の欠点を認めることも含んでいる」とおっしゃったことに私も教えられました。
      そうですね。自分の欠点を認めること、ありのままを受け入れるという中に入っていますね。

      どうぞ、その調子で「今日一日」生きていかれますように。
      平安と祝福を祈っています。

      またコメントしてください。お待ちしています。