アダルトチルドレンがやるべき統合作業とは何か?

かつてありのパパは健康な(ほどほどな)責任感を持っている人を無責任な人だと思っていました。
そして行き過ぎた(病的な)責任感を持っている自分が普通であると天才的な誤解をしていました(笑)。

今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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1.強迫観念はなくならない

自分が持っている強迫観念の中に「病的な見捨てられ不安」と「行き過ぎた責任感」があるのを知って、祈りと黙想の時間ごとに「神様、行き過ぎた責任感と、それの原因になっている病的な見捨てられ不安を取り除いてください」と祈っていました。

しかしその祈りをする度に心が暗闇をのぞみ込むような暗澹(あんたん)たる思いになりました。
それでもなお、その祈りをごり押ししていました。
しかしそのような我力(がりき)の祈りを続けることは不可能ですから、力尽きる瞬間がやってきてしまいました。

行き過ぎた責任感と病的な見捨てられ不安はACにおける『精神面での強迫観念』です。
そうだとしたら、依存症のふたつの問題である強迫観念と渇望現象は決してなくならないものです。
そうであるのに「無くしてください」と神の意志でない祈りを神に強要していたことを気づかされました。

2.強迫観念の取り扱い方

可能なのは治ることではなく、回復することです。
もし強迫観念を取り除くことができるなら、依存症は治る病気になってしまいますし、私たちは無力ではないということになってしまいます。

この事実に気づいてからは、心に落ち着きが与えられ、祈りの最中に暗闇を見ることもなくなりました。
私にできることは「神さま、今日一日だけ強迫観念のスイッチが入らない生き方をさせてください。特に今取り組んでいる病的な見捨てられ不安と行き過ぎた責任感に対して統合作業を進めさせてください」と祈ることです。

3.統合作業の進め方

ACの回復にとって大切なことは『自分が自分自身の親になること』です。
(これを親替えと言います)
なぜこれが大切かというと、自分自身を絶対肯定(受容)していないと、「こんな自分ではダメだ!」という声に負けてしまうからです。

親替えの方法は以下の通りです。
毎日の祈りと黙想の時間に「神は私を見捨てない。だから私も自分自身を見捨てないし、あきらめない」と告白します。
一朝一夕(いっちょういっせき)には効果は現れませんが、じわじわと何年間かのスパンで効果が現れてくるようになります。

◎平安と祝福を祈っています。

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