同じようにミーティングに参加し、片方は著しく回復し、もう片方は回復しない理由とは?

(ドロップ ザ ロックp26)

ACにとって耳に痛い話があります。
それは「ACの人々は回復しない原因を親のせいにしている」という指摘です。
今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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①AC本人と養育者の関係

ACが問題を抱えている原因は親にあります。
しかし自分の問題を解決し、回復していく責任はAC自身にあるのであり、親にはありません。
この当たり前のことを認めることが出来るかどうかが、ACが回復できるか否かの分岐点(ぶんきてん)になります。

②親を赦そうとしない

ACでないスポンサーやACの問題の知識のないカウンセラーなどが、ACに対して安易に「親を赦さなければなりません」と指導することがあります。
しかしこれは回復にとって逆効果です。
二つの間違いがあります。

赦しを欲している人にだけ赦しを提供できる

「自分はちっとも悪くなんかない」と思い込んでいる人は赦しを受け取ることは出来ません。
このような場合に一方通行的に赦しを提供することは実質的に被害者の側が謝罪するというとんでもないことになりかねません。

聖書にも「悔い改めて、信じる」ことが書かれてあります。
悔い改めるとは、私が悪かったということであり、赦されなければならない自分であることを認めるということです。

赦すにも順番がある

その順番とは自分に一番近い人から赦していくということです。
自分に一番近い人とは誰でしょうか?
両親でしょうか?いいえ、違います。
自分に一番近い人とは、自分自身という存在です。

➂自分自身の赦し方

自分自身を赦していない人に他の人を赦すことなど出来ることではありません。
ではどのような自分自身を赦すのでしょうか?
ここが肝心です。
それは両親を赦そうとしても赦しきれない自分自身を赦すのです。
自分の回復のために養育者を赦さなければならないと思うし、養育者にも悪いところばかりでなく良いところもあった。
それは分かってはいるのだが、それでもなお赦せない。
そのような自分自身を赦すのです。
徹底して赦します。
ありのままに受け入れ「そういうもんだ。ちっとも悪くなんかない」と無条件に受容します。

④養育者を憎むだけの人と、赦そうとしても赦せないのは違うこと

これは「赦してなんかやるもんか」とクダをまいている人とは異なります。
なぜなら、このような人は養育者を赦す必要に気づいておらず、ただただ「親が悪い。私がこうなったのは親のせいだ」と愚痴を言っているだけだからです。

それに対して親を赦せない自分自身を赦す人は、親を赦さなければならないことを理解していますし、親を赦そうともしています。
その上で赦せない自分自身を無条件に受け入れて赦しているのです。

片方は回復のスタートラインにも立っておらず、もう片方はあと一つパズルをはめれば回復が軌道に乗るというところにいる人です。
これは天と地ほどの違いがあります。

◎問題の原因は養育者にある。
しかし回復していく責任はAC本人にある。
このことを忘れないようにしたいものです。
平安と祝福を祈っています。