愛餐会と聖餐式は、もともとは同じものでした。

(コリント11章17節~34節)

この当時の教会では愛餐(あいさん)会と聖餐(せいさん)式は分離されていませんでした。
それで口語訳聖書と新改訳聖書では「晩餐」と呼び、現代訳聖書では「聖餐式とその前に行われる食事」としています。
リビングバイブルでは思い切って(?)この集まり自体を指して「聖餐式」としています。

コリント教会では来た者から先に用意された食事を食べていたようです。
それで後から来た者は腹を空かしたままであり、そのことで苦情を申し立てたとあります。
これは一見教会が貧しい人々のために用意した救援食料を指しているのかと思いがちですが、そうではありません。
主が十字架で流された血は私の罪のため、私を救うためであったことに思いを馳せるための食事会でした。

ありのパパは初めの頃は初代教会のときのように愛餐会と聖餐式をもう一度結合させればよいと考えていました。
しかしこの聖書箇所を読んで意見を変えました(笑)。
やっぱり愛餐会と聖餐式は分離している方がよいと今では考えています。

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