結婚に関するパウロの教えは超クールで超びっくり

今日は皆さんとご一緒に結婚に関するパウロの教えを見てみます。

「もし自分の欲求をコントロールできないのなら、結婚しなさい。欲求が暴走してしまうことに比べれば結婚したほうがはるかに良い」〔コリント教会への手紙第一7章9節〕

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①この「欲求をコントロールできない」をどのように受け止めるかで、この箇所の理解は決まる

ありのパパの理解は、たぶん大変厳しい印象を与えるかもしれません。

私の理解はマスターベーションを含めて一切の婚外交渉を欲求の暴走とするというものです。

要するにマスターベーションを我慢できないなら、結婚したほうが良いということです。
もちろん「マスターベーションを我慢できないから、結婚してください」と言われれば、ほとんどの女性は悲鳴をあげて逃げ去って行くでしょう。
ここで言っていることは、欲求が暴走しないようにコントロールできない人は「私は独身を守り、主にお仕えします」みたいなことを言わないで、さっさと結婚してしまいなさいということです。

②夫婦のうちのどちらかが信者で、もう一方が未信者の場合

「どんなに努力したところで人間が人間を救うことは出来ない。なおさら配偶者だからと言って相手を救えるとは言えないからである」〔07:16〕

現代教会の教えとこれだけ乖離(かいり)があるのも珍しいです。
教会では「信じて祈れば必ず主が家族を救ってくださる。聖書にも『主イエスを信じなさい。そうしたらあなたもあなたの家族も救われます』とあるから」と教えられています。
しかし聖書はしらっと「もし未信者が離れていくのであれば、離れるままにしておきなさい。そのようなケースでは信者は縛られることはない」と言っています。

➂一番大切なことは御心を知り、その御心に従うこと

最後に「なんだ。丸投げかよ!」という気がしないでもありませんが、至極(しごく)真っ当(まっとう)な意見を述べてパウロは次のテーマに移っていきます。

要するにこんな当たり前のことを言われなければならないほどにコリント教会は混乱していたということが言えます。
また外見の華々しさにもかかわらず、内面の信仰の自律性は未熟であったということです。

◎私たちは「当たり前のことをやっていれば当たり前の結果がついてくる」という言葉の意味を深く思い巡らしたいものです。
平安と祝福を祈っています。