アダルトチルドレンが霊的目覚めを得なくてどうする!

アル中が霊的目覚めを得ることができなくても、再飲酒しないでいられるなら、それはそれでいいかと考えることもできます。
しかしACが12ステップに時間を掛けて取り組んだ結果、霊的目覚めを得ないままでいるなら、それは骨折(ほねお)り損(ぞん)のくたびれ儲(もう)けです。

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1.ACと依存症の無力のちがい

アルコール依存症ならば問題になるのは肉体面での渇望現象と精神面での強迫観念です。
そして精神面での強迫観念はただ一つです。
それは「最初の一杯の狂気」と呼ばれる飲酒欲求です。

それに対してACは肉体面での渇望現象がなく、精神面での強迫観念があるだけです。
しかしACが持っている強迫観念は少なくとも13個もあります。(「洗濯物リスト」とか「問題リスト」と呼ばれています)
たとえば今ありのパパが取り組んでいる、過剰な責任感と病的な見捨てられ不安などがあります。

AC以外の12ステップに取り組んでいる人々は、まずステップの1で肉体面での渇望現象と精神面での強迫観念に対して無力を認めます。
しかしACには、この肉体面での渇望現象がありませんから他の依存症者のようには無力を認めることができません。

では何に対して無力を認めるかと言うと「機能不全家庭で育った影響に対して無力」とか「アディクションに対して無力」という表現の仕方をします。
これは要するにACが持っている強迫観念に対して無力であるということです。

これは『ACは一生治らない。しかし回復することは可能。だから回復に専心しよう』ということです。
ですからACにとっての回復とは強迫観念のスイッチが入らない生き方を身に付けるということになります。

2.強迫観念のスイッチが入らない生き方と霊的目覚めの関係

霊的目覚めとは回復するのに十分な人格の変化です。
ではACにとっての霊的目覚めとは何かと言えば、それは強迫観念のスイッチが入らない生き方をするのに十分な人格の変化ということになります。

ここで疑問が一つわき上がります。
それは「霊的目覚めを得たら自動的に強迫観念のスイッチは入らなくなるのか?」という疑問です。
答えは「そんなことはありません」です。
やっぱり苦労して自分と自分自身を訓練する必要があります。
一つ一つの強迫観念に焦点を当てて、修正していく作業が必要になります。

ありのパパはこの修正作業に180日を掛けています。
一つの強迫観念の現れについて180日ですが、病的な見捨てられ不安が行き過ぎた責任感を連れてきているような場合は、二つ一緒に面倒を見ます。
この場合は二つの強迫観念の現れに半年を当てます。
要するにワンクール180日ということです。

3.霊的目覚めなしには努力は徒労に終わる

多くのACが霊的目覚めを得る前に、自分の強迫観念を何とかしようとしています。
これは徒労に終わります。
なぜなら霊的目覚めという神の力を自分のモノにしないまま、自分の問題の解決に当たろうとすることは徒手空拳(としゅくうけん)で問題に当たるのと同じことだからです。

そしてよく考えてみれば、ステップの1で無力を認めたはずなのに、なぜ自分の力で解決しようとするのでしょうか?
これは自己矛盾(むじゅん)であり、論理が破綻(はたん)しています。
何でこんなことになるのかと言えば、建前では無力を認めているが、本音では「自分は出来る」と思い込んでいるのが原因ではないでしょうか。

まずこの自己不一致を何とかしなければなりません。
そうしない限り、一生涯延々と同じところをぐるぐると廻っていることになりかねません。
それはちょうど旧約聖書でイスラエルの民が奴隷にされていたエジプトを出国したは良いが、砂漠を40年の間さ迷い続けたのと似ています。
出(しゅつ)エジプトの聖書の記事は私たちへの警告です。

4.霊的体験よりも霊的目覚め

霊的体験も霊的目覚めも本質においては同じものです。
しかし霊的体験は劇的であるゆえの長所と短所があります。
長所は劇的であるゆえに容易に自己意識を変えてしまえることです。
いつまで経っても代り映えしない自分にうんざりしている人は、どうしてもアディクトにスリップしやすくなります。
これに対して「私は神の御業(みわざ)を頂戴(ちょうだい)した」と思っている人はスリップの誘惑に対して大きな抵抗力を持つことができます。

では短所は何かというと、いとも簡単に「一丁あがり」になってしまう危険があるということです。
真実は「まだまだやること一杯あるよ。これからが勝負だよ」であるにもかかわらず、唐変木(とうへんぼく)のように有頂天(うちょうてん)になってしまいます。
そして誘惑や困難がやって来ると「こんなはずではなかった」と嘆きます。

これに対して霊的目覚めに劇的なものはありません。
気づいたら与えられていたという感じです。

そして日常生活のなかで

「かつては出来なかったことが出来るようになっていた」
「心の静けさが何であるかを知ることができるようになった」
「かつてならパニックになっていたことに対して、どのように対処すれば良いかが分かるようになった」
「穏やかな人間関係を持てるようになった」

などの変化を体験します。

これらのものは12ステップに取り組みさえするならば実現すると約束されているものです。

どちらの体験が与えられるは神様のお好みです。
あなたのお好みではありません(笑)。
ただ私たちの側では、約束されている霊的目覚めを得ることを目標にすべきではあると思います。

5.霊的目覚めをもってAC特有の強迫観念に立ち向かう

強迫観念が消えてなくなることは決してありませんが、強迫観念のスイッチを入れなくすることは可能です。
これを回復と呼びます。
少なくとも13個ありますから、全部やるのはやりがいのある作業です。
ミーティングがなければ到底なしえないと実感します。

◎私たちACは生きている間はACからの回復の途上にあります。
この地上に置かれている間に、どのくらい回復できるか楽しみでなりません。
平安と祝福を祈っています。

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