内向型のための雑談術

皆さんは雑談は得意でしょうか?
ありのパパは死ぬほど苦手です。
そこで今日は皆さんとご一緒に、内向型の人が雑談を苦痛に感じなくてすむための方法を考えてみます。

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1.内向型の人々の問題

①そもそも雑談を必要ないものと考えている。

何が問題と言って、これが一番の問題かもしれません。
なぜなら、必要ないと思っているから、いつまでも経っても苦手意識から解放されないし、雑談術に習熟することもできないのです。

私たちが生きている限り、雑談をしなくてもいいという環境は訪れません。
それで内向型の方は苦しい思いを定期的に味わわなければならない羽目に陥ります。

②基本的に一人でいることが大好きです。

パーティーなどの不特定多数の中にいるとストレスを感じます。

ありのパパの場合ですが、自分はてっきりどんな場合でも大人数の中にいるとストレスを感じると思っていたのですが、礼拝などの教会の集会だと全くストレスを感じていないのに、ある時気づきました。

ですからいつでもどんな場合でも大人数が苦手であるという訳ではないのです。
礼拝などの集会ですと、参加者は自分のやることが決まっています。
説教者は説教をし、奏楽者はオルガンやピアノを弾きます。
そして会衆は黙って説教を聴き、賛美歌を歌います。
このようにやることが明確な場合は不安から来るストレスを感じないで済みます。

しかし立食パーティーなどで回遊魚のように会場を廻りながら知らない人々に声を掛けるという作業になると死にそうになります。

③雑談能力と会社勤め

会社勤めをしていたとき「あのお客さんは難しい」と言われている顧客のところに伺ったことがありました。
どういうわけか、そのお客さんに気に入られ良好な関係を築くことができました。

しかし、その反対のケースもありました。
会社の皆が「良い客だ」という方が、私には全然そう思えないのです。
そして、そのお客さんには嫌われました。

今になって振り返ると、その原因が見えてきます。
それは会社の人に「あのお客さんは難しい」と言われた方は無口な方であり、雑談を全くしない人でした。
それでありのパパはどれだけ楽だったか分かりません。
お互いが黙っていても沈黙がちっとも苦痛ではないのですから。

それに対して会社の皆が「良い客だ」と言った方は雑談が大好きな方でした。
私が何も話をしないのをしばらく見て、それから急に不機嫌になりました(笑)。

2.解決の方法

①ありのままを受け入れていれば雑談は可能。

まず考え方を変えることが大切です。
「雑談なんかくだらない」と考えているのは、(ありのパパを含めて)あなたが人を人として認めていないからです。
言ってみればモノ扱いしているのです。

自分も尊く相手も尊い存在であると心の底から分かっていれば自然に雑談が大切だと思えてきます。

そう思えるようになるための最短距離はとにかくやってみることです。
苦手意識を感じる間(ま)がないほど、チャレンジを重ねるのです。

②傾聴する。繰り返す。質問する。支持する。明確化する。

これはカウンセリング(来談者中心療法)におけるテクニックと同一のものです。
しかし最大の違いはカウンセリングが問題の解決をゴールにしているのに対して、雑談には目標がありません。
時間が来たら「それじゃ、また今度」と言って、別れます。

③三分限定で対策を立てる。

カウンセリングと雑談の違いは、カウンセラーは何も話さなくてもかまわないが、雑談はこちらから話しかけないと話が始まらないというところです。

ただ助かるのはカウンセリングは50分ですが、雑談は三分程度ということです。
ですから対策をあらかじめ考えておくことが可能です。
決して「出たとこ勝負だ。何とかなる」などと高(たか)を括(くく)らないことです。
内向型の人がアドリブに挑戦すると必ず失敗します(笑)。

④会話の主導権を手離す。

話の流れをコントロールしようとしないことです。
話しは川の水の流れのごとく、流れたいように流れていきます。
それに身を任せることです。
「い~や。自分の思ったように話をもっていく」と力(りき)むから疲れるのです。
ここでも「手放して、あとは神様にお任せ」です。

◎アドリブを諦める→あらかじめ考えておく→会話を支配しようとしない→三分限定あるいは引き際をあらかじめ決めておく。
この流れが内向型の雑談術の王道ということになります。
平安と祝福を祈っています。

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