委ねるという言葉が指している三つの意味

「委ねる」とはどういう意味でしょうか?
当ブログにも「委ねる&意味」という検索ワードで訪れてくださる方が多くおられます。

そこで今日は皆さんとご一緒に「委ねる」とは、何を指しているのかを考えてみます。

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1.神の配慮に「委ねる」

12ステップの2には「自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった」とあります。

そしてステップの3で「私たちの意志と生き方を、自分なりに理解した神の配慮に委ねる決心をした」とあります。

ここで多くの人々は途方にくれます。
なぜなら「委ねる」という言葉の意味が分からないからです。
ありのパパも分からなかった人の一人です。
「委ねます」と口に出して言えばそれで良いのか?(良いはずはありません(笑))

2.委ねるとは神のガイドラインに従うこと

12ステップで言えば、4と5の棚卸しをすること、6と7で短所を神に取り除いてもらうこと、8と9で埋め合わせの人生を生きることを指しています。

ある人は棚卸し表を書こうとしません。
理由は様々ですが、本質的な理由は「自分の思ったようにやりたい」のです。
しかしこれでは神の配慮に委ねていることはなりません。

ある人は短所を神に取り除いてもらおうとしません。
「人間には誰だって短所があるものだ。仕方ないよ」
このセリフをクリスチャンから聞いたときはおったまげました(笑)。

またある人は埋め合わせを先延ばしします。
しかし、このような行為は命取りになります。

3.理性的判断によって正しい判断にたどり着くこと

日常生活において、何が神の意志だろうかと迷うとき、あなたはどうされていますか?
断食して祈っていますか?
それも良いかもしれませんね。
しかしもっとも確実な方法は神から与えられた賜物である理性をフル回転させて神の意志にたどり着くことです。

理性的判断とはトライ&エラーを繰り返して正しい判断にたどり着くことです。
依存症やACの人々はダメだと分かっているにもかかわらず「今度こそ大丈夫かもしれない」という根拠のない希望的観測の元に何回も同じ行動を繰り返します。
健康な人々は一回やってダメだったら、ちがう手を考えます。
さて、あなたはどちらでしょうか?

4.神の配慮に委ねるとは、人を裁かないこと

私たちは生まれながらに人を裁きやすい性質を持っています。
ですから依存症に対するアプローチと同じく、治そうとせず回復を目指すことです。

どういうことかと言うと、裁きやすい性質を取り除くことを目指すのではなく、「さばき心」が発動しないようにすることを目指します。

自分の目に見えることだけを鵜呑(うの)みにして、言わなくても良いことを言ってしまうとき、他の人を傷つけ、その結果あなたの人生はトラブル満載の人生となってしまいます。

それを人のせいにして生きていくのも、あなたの勝手ではありますが、そこには祝福はありません。
そのような人生を送りたくないのであれば、人を裁かないということを全力で守り行うことです。
そして自分の回復と成長にのみ注力します。

◎委ねると言うことの意味は、12ステップの4から9の三つの作業を行うこと、トライ&エラーを繰り返して正しい判断(神の意志)にたどり着くこと、人を裁かないことの三つであるようです。
平安と祝福を祈っています。

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