自己評価が低いことが問題なのではない。過度に人々に依存していることが真の問題。

(ステップ4・5)

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棚卸しを通じて自分の短所を見つけ出す

ミーティング出席者からよく聞かれるのが「私は欠点だらけです」とか「欠点ばかりの私から欠点が取り除かれたら、私そのものが無くなってしまうのではないか」という感想です。

しかし、これは分からなくもないし、共感もしますが、やはりおかしな言いぐさであると、ありのパパは感じます。
なぜなら棚卸しをするのは自分の欠点を見つけ出すためです。
そうであるのに初めから「欠点だらけです」と仰るなら、「じゃ、自分の欠点を言ってみろよ」と言いたくもなるというものです。

しかしそのような方に限っていざ自分の欠点を言う場面になると途端に言い訳がましくなるのではないでしょうか?
それは実は自分の欠点だなんてちっとも思っていないからです。

「私なんかダメよ。全部ダメなのよ」と言いがちな人々の特徴は自己評価が低いということです。
しかし問題の核心は自己評価が低いというところにはなく、自分を過度に人々に受け入れてもらいたいと願う依存心にあります。

〇棚卸し表を作るステップの4と、棚卸し表をもう一人の人にお見せするステップの5は、そのような否認・抵抗のからくりを打ち破る唯一の手段です。

ありのパパの例

自分だけでやった一回目の棚卸しのときに分かったことは、自分の短所は恐れと不正直であるということでした。
しかし分かったというだけで、人生は少しも変化しませんでした。
(今はではその理由がはっきりと分かっています。)

もう一人の人に棚卸し表を見てもらった二回目の棚卸しでは、自分の欠点は恐れと不正直によって構成される行動パターンであることが理解できました。

この行動パターンを文章にするとこうなります。

『恐れが動機となって不正直な対応を人々になし、その不正直な対応が原因となって人々との間にトラブルが起きる。そのトラブルが起きた人々を自分に落ち度があるにもかかわらず一方的に恨むという利己的そのものの生き方』

私の人生は一言で言えば筋違いの恨みに明け暮れた人生であると言えます。
恨む筋合いでないものを(自分)勝手に恨んでいました。
(ただし、これは無意識の領域で起きたことであり、表面意識の自分はうっすらとは勘づいていましたが、はっきりと認識することが出来ませんでした。)

不正直である故に相手に説明をすることを放棄し、その結果相手が離れていく。
それを相手のせいであるとして、ずっと恨んでいました。
これらの行動パターンはまさに利己主義そのものと言えます。
性格上の欠点のうち「利己主義だけは自分には無いな」と思っていたありのパパですが、「ほんとに良く言うよ!」ってなもんです(笑)。

これらの短所である行動パターンに気づいたとき、心の底から「これからの人生は筋違いの恨みから解き放たれて生きていこう」と思ったことです。

どうぞ皆さんも、実効ある棚卸しをなさってください。
自己憐憫を増長させるだけの棚卸しをしてはいけません。

◎平安と祝福を祈っています。

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