勇気のあるあの人ならどうするかを考える

(ステップ6・7)

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1.短所を使わないで生きていく

ステップの6でやることは、自分のすべての短所を神に取り除いてもらう準備をすべて整えることです。
これは果たして何を意味しているのでしょうか?
これの意味しているところは、自分の短所を使わない決心をするということです。

自分の短所を使わないとは、たとえば恐れであれば、恐れは感情であり、「恐れを使う」という表現はおかしく感じます。
しかし私たちは人生のそこかしこで恐れを使って生きてきたのではないでしょうか?

恨みは過去の出来事に対する感情であり、恐れは将来に起きるかもしれない出来事に対する感情です。
将来、自分を傷つけるかもしれない出来事が起きると予想したとき、ほぼ自動的に恐れの感情は湧き上がってきます。
このほぼ自動的に湧き上がってくる感情を、自分の意志決定に利用しないと決断するのです。
これが自分の短所を神に取り除いてもらう準備が整ったということです。

2.あたかも与えられたかのように生きる

ステップ7では、神に自分の短所を取り除いてくださいと謙虚にお願いします。
これの意味しているところは何でしょうか?
それは短所が恐れであるなら、恐れとは反対の性質をもって生きていくことの決心です。

恐れの反対は勇気です。
日々の生活の中で今までだったら恐れにがんじがらめにされていたような場面に遭遇したときに、恐れを使わずに勇気を使ってその場面に対処することを決断するのです。

もちろん、こちら側でいくらそのように決めても無いものは無いわけであり、勇気をもって対応できるわけではありません。
こちちの側でできることは「あの人は勇気を持っている」とご自分が思っているあの人なら、この場面でどのように振る舞うだろうかと考えることです。

3.キリスト者にとって「あの方」とはどなたか?

キリスト者であるならイエス・キリストこそ、そのようなお方に相応(ふさわ)しいお方です。
福音書の中でイエスのお姿を垣間見ることができますから、何回も聖書を読み、イエスのお姿を心に焼き付けることです。
そうして実際の場面で「イエス様ならどのように振る舞われるだろうか?」と自動的に考えることができるところまで自分を躾(しつけ)ていくのです。

このような営みを「今日一日だけ」繰り返していきます。
あとは「手放して、神におまかせ」します。

◎平安と祝福を祈っています。

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