全部の短所を取り除いてもらう準備がすべて整うまでは奇蹟は起きません。

(ステップ6)

ステップの6には私たちの性格上の欠点の『全部』を神に取り除いてもらう準備が『すべて』整ったとあります。
今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

スポンサーリンク

①便利に使っている欠点・短所の幾つかを部分的に手元に置いておくことはできない

正直な心になって自分を振り返ってみると、愛するよりは恨んでいるほうが気が楽ということをお認めになるのではないでしょうか?

私の母は年がら年中一日24時間、愚痴を言う人でした。
耐えかねて愚痴を言わないように言うと「私は自分の精神の健康を保つために愚痴を言っているのだ」と答え、愚痴を言うのを止めることはありませんでした。
確かに本人は愚痴を言うことによって心の健康を維持できたかもしれませんが、その愚痴を何十年にも渡って聞かされてきた子供たちは皆、心の病気になりました。

「あの人がこれをしてくれなかったから私は不幸だ」と言っているほうが「鍵は私が握っている。私の幸せは私自身と仲良くやっていくことから来る」と考えるよりも、はるかに楽な生き方ではあります。

しかしそのようなお気楽な生き方は失うものが多い、被害甚大な生き方でもあります。

同じように、勇気をもって生きるよりは恐れに膝(ひざ)を屈(かが)める生き方の方が楽ですし、正直で誠実な生き方を志すよりは、不正直な生き方の方が気が楽なのは当然のことです。

②手放す決心がつかない限り、短所を取り除く神の業(わざ)も始まりようがない

私たちはいとも簡単に考えなしに「手放します」と言います。
しかし日常生活においては、しっかりと性格上の欠点を握り、その欠点によって構成される行動パターンに支配されています。

もっともこれは仕方のない面もあります。
なぜなら短所は私たちの行動から切り離すことが出来ないほど一体不可分の存在になっているからです。
これらの短所を私たちから切り離す方法は、注意深く自分の日常生活における行動パターンを見据えて一つ一つ気づいていくやり方しかありません。
(ステップの4で棚卸し表を書き、ステップの5でもう一人の人に棚卸し表を見てもらっているというのが前提にあるのは勿論です。)

➂私たちに可能なことは『今日一日だけ』すべての短所を、完全に手放す決心をすること

その決心を日ごとに、出来るなら朝ごとに行うことです。

私たちが使うスローガンの中に「手放して、あとは神様にお任せ」というのがあります。
このスローガンぐらい、ACに有益なスローガンはないと思うことです。

何を手放すのか?
自分の短所に決まっています(笑)。

◎朝ごとに手放す決心をし、夕ごとに今日一日を省みて「あの行動は恐れが動機ではなかったか、あの方と話しているとき不正直に身をからめ捕られていなかったか?」と検討します。
このような営みを継続することによって、私たちは自分の短所から解放されていく奇蹟を体験するようになります。
平安と祝福を祈っています。

スポンサーリンク