ありのままと成長への招き、獲得すべき回復とは?

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1.自分自身という存在に対する赦し

たくさんの神様の恵みをいただき、生きるのではなく生かされている毎日を送っていると、成長するようにという神の招(まね)きに対して「もういいや。このままでいい」と心のうちで思ってしまうことはないでしょうか?

正直に言うと、ありのパパにはあります。
人様には「ありのままと、そのまんまは違うこと」と口を酸っぱくして言っているくせに、この体(てい)たらくです(笑)。

そこで自分の心をよ~く覗(のぞ)いてみました。
そうしたところ、神の恵みに満足している自分を発見しました。
聖書の教えも「敬虔を伴う満ち足りた信仰生活」というものですから、まぁいいかなと(笑)。

〇「ありのままで良いよ」とは何と素晴らしい神のメッセージでしょうか。

2.でも成長は必要!

私たちはどのような領域で成長する必要があるでしょうか?
もしあなたがACなら、二つの領域で成長することが必要です。

①性格上の欠点・短所を取り除かれることにおいて

ステップ6の文言には完全主義者にはたまらない単語があります。
「性格上の欠点を〔すべて〕取り除いていただく準備が〔すべて〕整った」

これは言葉にすると簡単ですが、実践するとなると一筋縄(ひとすじなわ)ではいきません。
なぜなら人生の長い間、一緒に過ごしてきて、どの部分が自分で、どの部分が短所かの見分けが付かないほどだからです。
それはあたかも臓器に癒着した腫瘍(ガン細胞)のようなものです。
引っ剥がそうとすると痛みが走りますし、何より考えなしに引き剥がすと健康な臓器に損傷を与える危険があります。

でも実際には心配する必要は何もないのです。
なぜなら執刀医は神様だからです。
ただ、この手術は全身麻酔ではなく部分麻酔で行われるものであり、私たちの側の協力が欠かせません。
私たちの側ですることは自分の短所を使って生活することを金輪際(こんりんざい)止めるということです。

〇これは一度限りの決心ではなく、継続的な決心であり、この決心を毎日確認することが大切です。

②ACの問題リスト(通称:洗濯物リスト)

もう一つの領域で成長が期待されているのは、ACの強迫的生き方の領域です。

全部で13あります。
これら一つ一つが、アル中にとっての再飲酒、薬中にとってのスリップに当たります。

ACにとって可能なのは、これら症状の除去ではなく、これらの症状のスイッチが入らないようにすることです。
まさしく「私は治らない。しかし回復は可能。だから回復に専心しよう」ということです。

〇ありのパパは現在、半年掛けて〔行き過ぎた責任感〕と〔病的な見捨てられ不安〕に取り組んでいます。

3.ありのままと成長の関係

ありのままとは要するに自己受容ということです。
自己受容とは何かと言えば、それは「どんなことがあったとしても神様は私を見捨てることをなさらない。だから私も私自身を諦(あきら)めない」ということです。
この神と自分と自分自身という三者の関係を指して、自己受容できているとか、自己受容していると言います。

多くの方々がありのままと成長を対立的に捉えています。
しかし実際はそんなことはなく、相互は補完する関係にあります。
どういうことかと言いますと、成長しようと思っても自己受容できていない人は成長するためのエネルギーがないということです。
成長するために必要なエネルギーは「自分はありのままでいい」と思えるところからやって来るからです。

◎私たちお互いは、右手には「神の恵みへの深い満足と感謝」を持ち、左手には「自分が獲得すべき領地を奪い取る働き」を持っていたいものです。
平安と祝福を祈っています。

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