新普遍救済主義について

今日は皆さんとご一緒に新普遍救済主義について考えてみます。

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1.キリスト教各派の万人救済主義一覧

①キリスト教リベラル派→万人救済主義

話を聞く限りにおいてはカトリックの新普遍救済主義と中身は同一のようです。
すべての人は『既に』救われており、全員が天国に入れるという教えです。

②キリスト教福音派→セカンド・チャンス

この教えの特徴は「信じれば救われる」というキリスト教の骨格を残しつつ、万人救済主義を実践しているところにあります。
死後にもう一度、信じるチャンスが与えられるとします。
この点はカトリックの練獄の思想と共通点があるようにも見えます。

死後に、信じるチャンスを与えられて、なお信じない人がいるでしょうか?
この論を主張している方は「それでもなお信じない人もいるだろう」と言っています。
しかし、これは「信じて救われる」というキリスト教の骨格を残しているかのように見せかけるための詭弁に過ぎません。

➂カトリック→ある神父さんによって宣証されている新普遍救済主義

この論には古い部分と新しい部分があります。
古い部分とは教えの骨格の部分は旧態依然たる万人救済主義の教えに過ぎないということです。
新しい部分とは、万人救済主義をカウンセリング的アプローチによって人々に適用していることです。

〇リベラル派の万人救済主義や福音派のセカンド・チャンスが死後に救われると宣言する目的は、人々を恐怖から解放することであり、それによって宣教を容易にしようとする狙いが透けて見えます。

しかし、カトリックのある神父さんによって宣証されている新普遍救済主義は、今苦しんでいる人に慰めと励ましを与えることを第一目的にしているように見えます。

2.新普遍救済主義をどう理解するか?

プロテスタントの万人救済主義は死後に救われるかどうかという多くの人々にとってはどうでもいいことを問題にしています。
だからこそ、人々から冷めた反応しか帰ってこないのです。
しかしカトリックの新普遍救済主義が問題にしているのは死後の救いではなく、今生きている「私」の苦悩を解決してくださるお方の救いを提示しています。

①新普遍救済主義と福音主義キリスト教

私たち聖書信仰に立つものは、直截的なアプローチが苦手です。
「じゃ、聖書を学ぶことから始めようか」とか真顔で言ってしまいます(笑)。
このようなことを平気で言う背後には心のどこかで「救いは努力して得るもの」という心理が隠されているからではないでしょうか?
これは明らかに聖書の教えに反しています。
私たちは「救いは恵みによる」と信じているのですから、本音が表される行動面においても「もう大丈夫。あなたは救われた!」と宣言していきたいものです。

②宣教論と救済論

この神父さんは「救済論の視点から言えば救われる人と滅びる人がいるというのは、もっともなことかもしれない。しかし私は今苦しんでいる人に向かって『あなた、信じないと地獄だよ』とは言うことが出来ない」と明確に述べておられます。

要するに、この方は救済論の視点からではなく、宣教論的アプローチを優先させているということです。

福音派にも、何にも優って宣教論的アプローチを優先させた方がおられました。
そうです。ピーター・ワグナー先生です。
しかしこの方は皆さんがご承知のように現在はカルトと言わなければならないようなところにおられます。
このこと自体が救済論よりも宣教論を優先させることが間違いであることを明確に立証しています。

➂信仰義認とカウンセリング的アプローチは両立しない?

そんなことは全然ありません。
完全に両立します。
両立するどころか、それが元々のキリスト教信仰の姿であったと、ありのパパは信じています。

新約聖書の使徒の働きを見ると、ここかしこにカウンセリング的アプローチの実例を見ることが出来ます。
ありのパパなどは「お~い!そんなに簡単に洗礼を授(さず)けちゃっていいのかい?」と突っ込みを入れたくなるほどです。
しかし、これが初代教会の信仰の有り様(ありよう)だったのです。
そうであれば、聖書信仰を旗印にする私たちも初代教会の信仰にならう必要があります。

3.カウンセリング的アプローチとキリスト教信仰

傲慢になってはいけませんが、ごくごく自然に考えて、聖書信仰を旗印にする福音主義キリスト教は聖書の教えそのものと言うことが出来ます。
それで私たちは確信をもって全てのことを聖書と照らし合わせることによって、物事の真実と道理をわきまえようとします。

しかし宣教論の視点から見ると「もう大丈夫。あなたは救われた」というのが最も効果的なアプローチであると言わなければなりません。
そうであれば、聖書信仰に立つ私たちもまた、聖書信仰をしっかりと保持しつつ、彼にならって「もう大丈夫。あなたは救われる」と人々に宣言していくべきなのではないでしょうか?

◎おことわり
宣教論的・カウンセリング的アプローチの有用性を認めたからと言って、万人救済主義を認めたわけではないのは勿論のことです。
ここで申し上げたいことは、聖書信仰を保持しつつ、改善するところは改善していこうということです。
平安と祝福を祈っています。

コメント

  1. マッキー より:

    ありのパパさんへ

    こんにちは。
    「聖霊のバプテスマ」の次は「救済論」ですか!!
    過去の関連記事では、白熱した意見の応酬がありましたね。

    「万人救済論」や「セカンドチャンス」を強く支持する方々は、博学で頭の良い方がなぜか多いような感じで、なんちゃってクリスチャンの私のような者は反論できずに圧倒されてしまいがちなので、ありのパパさんには是非、「聖書のみ」「恵みのみ」「信仰のみ」で、頑張ってください。

    応援しまくりです!

    • ありのパパ より:

      こんにちは、マッキーさん。
      コメントをありがとうございます。

      応援ありがとうございます(笑)。
      しかし今日の記事は、他者批判に主眼があるのではなく、「もう大丈夫。あなたは必ず救われます」という彼らの宣教姿勢に学ぼうというところにあります。
      よろしくお願いします。

      またコメントしてください。お待ちしています。