「振り返り」こそ人生がうまく行くための極意

ありのパパが旧約聖書の創造の記事を読んでいて理解するのが難しかったところがあります。
それは神が六日間の創造の業を終えて七日目に休まれたというところです。

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①神が休息する?

神に休む必要があるでしょうか?
もちろん全能者には休む必要は全然ありません。

とすると、これは聖書を読む人々にとって模範となることを配慮して書かれたのだということになります。
どういうことかと言いますと、聖書を読む人が「あぁ、そうか。神様でも七日目に休まれたのなら、弱い存在である人間は必ず七日目に休まないといけないな」と思うためということです。

この七日目に休むというのは、一週間のうちの一日は必ず休息のために使う日にするということを指しています。

②間違った休息の定義

この面におけるキリスト教の歴史を振り返ってみると、とても興味深いというか、笑えてくるようなオモシロおかしい実践のてんこ盛りです。

イエスご在世当時のイスラエルでは安息日に遠出する距離が決められていました。
これは敬虔に安息日を過ごすことができるようにという人間的配慮から出てきたものでした。
しかしいくら動機は良いものであっても、願ったような結果が得られるとは限りません。
願った結果が得られなければ、そのやり方は放棄して別のやり方を求めることが必要です。

ありのパパにもそのようなお粗末な思い込みと間違った実践がありました。
ひとつ実例を上げますと、日曜日に選挙に行くことに違和感を感じ、選挙に行かなかったことが一度だけありました。
もっともこれは失うものの方が多いことに気づいたのと、教会の牧師からの愛のある戒めにより、自分の間違いに気づくことができました。

では現在のありのパパは安息日(休息日)をどのように捉えているかご紹介しましょう。

➂休息日は一週間を振り替える日

ありのパパの休息日は一般の方と同じように日曜日です。
この日曜日を月曜から土曜までの活動を振り返る日としています。
ありのパパは一日24時間を一分単位ですべて記録しています。
(aTimeLogger2というアプリを使っています。
iphone用は有料、android用は無料です。振り返りという目的のためにはiphone用が有用です。)

④一日単位でも振り返る

朝ごとの祈りと黙想の時間のはじめのところで必ず前日の振り返りを行います。
この時間は実に楽しい時間です。
なぜなら神の力がお約束の通りに自分の心と生活のなかに流れ込んできているのを見ることができるからです。
その事実をみて、「神様は実に素晴らしいお方だ」とか「神様、ありがとう」と神への感謝と賛美に満たされます。
そのことがまた今日一日を生きるモチベーションになっています。

⑤一日単位の振り返りの集大成としての一週間の振り返り

日曜日の祈りと黙想の時間に月曜から土曜までを振り返ります。
これも実に楽しい時間です。
(映画を見るより楽しいです(笑))

・この調子で一ヶ月の振り返り、一年の振り返りもしています。

⑥振り返りは人間だけが持てる習慣

振り返りの習慣を持つようになってから思うことは、振り返らずに生きていくのは、わきまえのない犬や猫と変わらない生き方だということです。

また、振り返りの習慣を持つようになってはじめて、なぜ休む必要のない神様が創造の業を終えて七日目にお休みになられたかの真の意味を見いだしたように思えました。

どういうことかと申しますと、今までやって来たことを完成させる最後の段階に当たるのが振り返りだということです。
振り返りを行ってはじめて、その行動は完成します。
そして次の行動への出発点となります。
このように見てみると、人間の肉体に例えると振り返りは関節のようなもの、木に例えると年輪のようなものです。
年輪のある木だけが、材木として用いられることができます。
なぜなら年輪のない木は柔すぎて材木に利用することができないのです。

◎私たちはメリハリのある生き方をしているでしょうか?
それとも神から与えられた人生をズルズルべったに過ごしているでしょうか?
お互いに省みたいものです。

コメント

  1. しんきち より:

    安息日再臨教のしんきちです。
    再臨信徒になる前は、正直リベラル傾向が強かったです。
    現代の真理・永遠の福音(の理解・悟り)に可能な限り近づくことを目標に、真の意味での保守・原理的信仰を希求しています。

    書いておられることの内容の多くには同感しますが、ひとつだけ一番最重要なことを。
    あたかも「安息日」が「日曜日」であるかのような前提?で書いておられますが、大変残念です。
    このようなまぎらわしい書き方をされると、世の中の真理をよく知らない方々を惑わせることになりますので、ぜひ考えていただきたいと思います。

    真に主に従い、礼拝する真摯なクリスチャンなら、主が永遠にわたって覚え、守るよう命じられた安息日を何より尊重し、堅く遵守するはずなんですが。

    ありのパパさんはじめ、皆さまの賢明な判断を祈っています。

    • ありのパパ より:

      こんばんは、しんきちさん。
      初めてのコメントをありがとうございます。

      〇律法はキリストの十字架によって成就(完成)しました。
      その故に儀式・衛生律法などは廃棄されたことはヤコブ書に明確に書かれています。

      では安息日などを規定する十戒などの倫理律法はどうなったのでしょうか?
      こうなりました。毎日が日曜日。毎日が安息日。主を誉め称えます。ハレルヤ!

      どうぞ、あなたがお好きな日を安息日に認定してください。
      神様の豊かな祝福と平安が、あなたと共にいつまでもありますように。
      (コメントの一部に該当記事に関係のない記述がありましたので削除させていただきました。ご了承ください。)