心配事から解放されるためのたった三つの方法

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1.「朝と夜」と「迷ったとき」に祈りと黙想をやる

①自分に必要な情報・知恵をもらうのが黙想です。

情報の中で最も重要なのは、神にとって私はとても大切な存在であるということです。
この情報に朝一番に触れることは、命に満ちた一日を送るために必須のことです。

②自分より大きな力に触れていたいのが祈りです。

神にとって自分がいかに大切な存在であるか腹の底から分かったら、私たちは必ず、はしゃぎ出します(笑)。
このはしゃぎ出した状態での祈りは信仰の告白となります。
なぜなら単に神を信じているという以上に、神を信頼し、神に向けて愛情を感じているからです。

③祈りと黙想はセット。切り離さずに使います。

「神様、今日は時間がないから手短に済ませます。これとこれとあれをお願いね。以上!」みたいな事務的な祈りをしてはなりません。

また「神様、今日も私はあなたの奴隷です。どうぞ何なりとお命じください」のような御用聞きみたいな祈りをしてもなりません。

私たちは朝ごとに腹の底から安心と喜びが湧き出てくるまで、神が私を大切な存在としておられるという真実を黙想する必要があります。

これが出来たら、あとは『どっからでも掛かって来んかい!』状態です(笑)。

④祈りと黙想の二つで一つの行動となる。

夜:一日を振り返り、気づいたことを行動していく。

朝:その日一日古い生き方に戻らないように助けを求める。

2.決められない時どうするか?

①一旦、考えるのを中止する。

a.もがかないこと、自分に判断する知識・力がないことを認める。

b.自分で解決出来ないことを悟る。
その問題について正直になれれば、他の人に相談できます。

相談を求める人を見ていると、なかには相談の準備ができていない人もいます。
どういうことかと言うと、自分で解決できないことを悟るという段階を経ないで相談をしているということです。
これではいくら相談しても、助言は右の耳から左の耳へ抜けていくのみです(笑)。

c.いったん考えるのを止めて、他のなすべき仕事をやる中で、答えを見いだすこともあります。
今までのように「心配する」というやり方を変えてみるのです。

②自分の利益のためには祈らない。

これが私(ありのパパ)には中々理解できないことでした。
「祝福も欲しいし、健康も欲しいし、世間的な成功も欲しいし、祈りたいことばっかりやん」というのが私の偽らざる本音でした。

しかし感謝なことに、今はそうではありません。
なぜなら「神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求め」ることが、自分にとって必要不可欠なことであり、これだけあれば後は何もいらないというのが真実であると知っているからです。

ただし、それが人のためになると思うときは自分のためにも祈ります。

◎心配事から解放され三つの方法、それは祈りと黙想を通して自分より大きな力に触れること、決められない時一旦考えるのを止めること、自分の利益のためには祈らず、神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めることです。
平安と祝福を祈っています。