「あなたがたは機を見るに敏であれ」とはどういうことか?

ある方は我が国がとんでもない方向に行ったとしても、教会だけはしぶとく生き残り、堅実に成長・拡大していくことを願うと言いました。
ありのパパはこの言葉を聞いてあまりに世間知らずなのに唖然としました。

今日は皆さんと御一緒にこの問題を考えてみます。

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①国が変な方向に行っても教会だけが成長することは可能か?

このようなことを言う動機は自分だけ問題の圏外にいて高みの見物を決め込んでいたいというものではないでしょうか?

心から申し上げたいことは「国内情勢がそうなったとき、教会は勿論あなたもまた無縁ではいられませんよ」ということです。

②聖書を適用することの大切さ

申し上げたいことは「エステル書を読んだことがないのか」ということです。

捕囚の民となって異邦人の中に住むユダヤ人に滅亡の危機が迫ったとき、自分が役割を果たすことに逡巡するエステルにモルデカイはこう言いました。

『もし、あなたがこの危急の時に際して、だんまりを決め込むなら、神は別の人を送られるだろう。しかし、良く覚えておきなさい。その時はあなたも、あなたの一族も神によって滅ぼされるだろう。あなたが今お妃であるのはこの時のためではないのか!』〔エステル書4章13節〕

この叱責に対してエステルは堅く決心し『死ななければならないのでしたら私は死にます』と断固として宣言したのでした。

➂歴史から学ぶことの大切さ

「我が国がおかしな方向にいったとしても教会だけはしぶとく生き残り堅実に成長・拡大する」という戯言(ざれごと)は自分の国の歴史を学んでいないことの現れです。

秀吉・家康の時代にキリシタンは生き残ることが出来たでしょうか?
もちろん神は教会の種子として「バアルに膝を屈めぬ七千人」をお残しになられました。
しかし社会勢力としての教会は一掃されてしまったというのが事実であるのです。

「それは何百年も前のことだから」という人もおられるかもしれません。
では僅か70年前にあった我が国の出来事はどうでしょうか。
キリスト教会の会堂には御真影(ごしんえい⇨天皇の写真)が飾られ、礼拝は宮城遥拝(きゅうじょうようはい⇨皇居に向かって拝むこと)をしてから行われました。
さらに日本基督教団の統理(主管者のこと)は天照大神(あまてらすおおみかみ)に教団創設の報告を行いました。

これはテレビドラマの中の出来事ではなく、またコメディーでもありません。
実際にこんなことが行われたのです。
これは厳然たる偶像礼拝です。
このようなことは、いつでもどんなところでも条件さえ揃えば現代に生きる私たち教会にも降りかかってくることなのだということを、私たちは知っておく必要があります。

④他国の実情から学ぶことの大切さ

イスラム原理主義がキリスト教徒に何をしたか見ていないのでしょうか?
それとも遠い世界のどこかで起きている自分とは関係のない出来事だとでも思っているのでしょうか?

イスラム原理主義はイスラム教だから危険なのではありません。
そうではなく原理主義であることが危険なのです。
そうであれば我が国の神道原理主義もイスラム原理主義と同じくらい危険な存在であることに変わりはありません。

⑤預言者の使命を果たすことの重要性

私たち日本人クリスチャンは何かと言うと「様子(ようす)を見る」とか「行方(ゆくえ)を見守りたい」などと寝言のようなことを言います。
しかしこれをエステル書に出てくるモルデカイが聞いたら何と言うでしょうか。
「もしあなたが沈黙を守るなら、神は別の所から助け手を起こしてくださるだろう。しかし覚えておきなさい。その時にはあなたも、あなたが属する集団も滅ぼされる」と言わないでしょうか?

◎声を上げるべき時に声を上げ、行動に移すこと。
これこそが神の命じておられることです。
私たちは「聖書読みの聖書知らず」にならないようにしたいものです。
平安と祝福を祈っています。

コメント

  1. マッキー より:

    ありのパパさん、こんばんは。

    酔っぱらいの戯言ですが…。
    ここは、実名でいいのではないでしょうか?

    日本基督教団、初代統理は純真素朴な長老教会の韓国人牧師を官憲に売り渡したのです。

    結果、「一死覚悟」で、天皇崇拝を拒否した牧師は、拷問の末、殉教しました。

    博学の神学者は、果たして神の裁きの前に、どのように立ちおうせるのでしょうか…。

    殉教者が「命の冠」を、神様から与えられたのは、疑いようもありませんが…。

    • ありのパパ より:

      こんばんは、マッキーさん。
      コメントをありがとうございます。

      戦前、すべてのキリスト者が(リベラル・福音派・カトリックにかかわらず)戦争協力の罪を犯しました。
      格別に日本基督教団は国策に忠実でした。
      私の願いは同じ失敗をしませんようにということです。

      またコメントしてください。お待ちしています。