キリスト者の内的成長に12ステップを適用する

(ステップ1~7)

今日は皆さんと御一緒に、キリスト者を悩ます罪の問題に、12ステップの教えを適用するとどうなるかを見ていきます。

ありのパパが12ステップに出会ったとき思ったのは「『アルコール』を『罪』に変えれば同じじゃないか!」ということでした。
実際はそんなに単純ではありませんでしたし、舐(な)めて掛かって歯が立たなかったというのが現実でした(笑)。

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1.様々な12ステッププログラム

「キリスト者の12ステップ」というのが、ありのパパが最初に出会った12ステッププログラムです。
しかしこれは「依存症は病気であって罪ではない」という12ステップで最も大切にされている理解が旧態依然(きゅうたいいぜん)たる理解にバックスライドしていました。

次に出会ったのがAAの12ステップです。
これは回りくどいところがなく分かりやすかったです。
それはそうです。回りくどいと理解できる前にアル中で死んでしまいますから。
実際的で勿体(もったい)ぶったところがないところに好感をもちました。
しかしありのパパ自身がアルコール依存を持っていないこともあって、何かピンと来ないところがあったのも事実です。

その次がACのための12ステップです。
これは同類と言いますか、まさにありのパパのための12ステップであると感じました。

しかしミーティングに出席するなかで強く思ったのは「このままミーティングに10年間参加し続けても『12ステップが分かった!』という瞬間はやってこないだろうな」ということです。

そこで思いきって「依存症からの回復を目指す施設」で12ステップを学んでみようと決心しました。
神様はこの決心を祝福してくださいました。
施設でプログラムの学びが修了したとき、私の人生は変わったものになっておりました。

2.12ステップをアルコール以外の領域に適用する

1935年にビックブックが発刊されて今年で80年になります。
その間にAAが12ステップを他の依存症のグループにも使用することを許可してくださいました。
そのためアルコール以外に薬物・ギャンブル・摂食障害・AC・性依存症・共依存・感情と情緒の障害・買い物依存などありとあらゆるものに適用されつつあります。

これをどうすればキリスト者の霊的成長のために用いることができるかというのが、ありのパパの現在の課題です。
先に述べましたように現在でも既にキリスト者のための12ステップは存在します。
しかし、これらは病気と罪の区別が明確でないという見過ごすことの出来ない問題を抱えています。

3.導きを求める重要性

キリスト者の中には「人間は弱い存在だから罪を犯しても仕方がない」と簡単に言う人がおられます。
しかしこれは大変な間違いです。

なぜならアル中がはじめの一杯を飲むと、死ぬまで飲み続けてしまうのと同じように、キリスト者が初めの罪を犯すなら罪を延々と犯し続けてしまうからです。

回復したアル中に初めの一杯を拒絶する力は与えられていても、二杯目を拒絶する力は与えられていません。
同様にキリスト者にも初めの罪を拒絶する力は与えられていても二番目の罪を拒絶する力は与えられていないのです。

では、どうしてそうと分かっているのに初めの罪を犯してしまうのでしょうか?
それはキリスト者の中に12ステップで言うところの強迫観念が存在するからです。

4.とらわれ・強迫観念、止め続けることが出来ない

12ステッププログラムに取り組むことによって依存症から回復できるように、キリスト者も12ステッププログラムに取り組むことによって罪の問題に勝利することが可能です。

a.問題は私たちが無力ということ。

アルコールに無力→罪の力に無力

b.解決は私たちを超えた大きな力。

自分を超えた大きな力→イエス・キリスト

c.決定的な霊的体験

12ステップに取り組むことによって実現する霊的目覚めはどちらの側にとっても同様です。

5.人格的変容の重要性

「アルコールさえ解決できれば俺は何も問題ない」と思っているアル中さんが多いのですが、実はそうではありません。
この問題の核心は暴走する自分の意志(自我)にあります。
ですから、この問題を何とかしない限り問題が本当に解決したということは出来ません。
この問題を解決していない依存症者は執行猶予が切れ掛かった犯罪者のようだと言われます。

これはどこぞで聞いたことのあるような話ではありませんか(笑)。
そうです。全く同じことがキリスト者に対しても言われているのです。
キリスト者にとって罪を犯さなければ、それで良いのではありません。
問題の核心は暴走する自分の意志(自我)にあります。
生き方が変わるのに十分な人格の変容がどうしても必要です。

◎「このようにして12ステップを実践している」というのがありましたら、どうぞコメントをお寄せください。
平安と祝福を祈っています。

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コメント

  1. ならもと より:

    福音派福音主義のキリスト教徒です。

    私は、昨年九月に洗礼を受けたばかりですが、自分の罪の問題に苦しんでいます。
    (仕事や日常生活で何度も繰り返してしまう失敗や癖)

    偶然、貴方のブログを発見し、とても参考になっています。感謝します。

    • ありのパパ より:

      こんにちは、ならもとさん。
      初めてのコメントをありがとうございます。

      「こういう問題があるが、どのように解決すればよいのか?」など、具体的な質問をお寄せいただければ幸いです。
      共に考え、ご一緒に回復と成長の道を歩ませていただきたいものです。

      ありのパパより

  2. サボテン より:

    サボテンともうします。
    福音派福音主義の信徒です。
    質問ですが「キリスト者の12ステップ」が「旧態依然(きゅうたいいぜん)たる理解にバックスライドしているという理解は、「依存症は罪である」との理解なのでしょうか?
    「病気と罪の区別が明確でない」との書かれていますし。
    「依存症」と「罪」を区別しつつも、12ステップはその両方からの解放を期待できるということでしょうか?

    • ありのパパ より:

      こんにちは、サボテンさん。
      はじめのコメントをありがとうございます。

      さて、ご質問にお答えしますね。
      バックスライドとは「依存症は罪である」という理解を指しています。
      風邪をひいて「自分は罪を犯した。自分は罪深い」と思い悩む人はいません。
      しかしアルコール依存症などの依存症に掛かったクリスチャンは「自分はどうしようもない人間だ。イエス様に救っていただいたにもかかわらず罪を犯している」と自分を責め苛みます。
      そうすると回復のためのエネルギーが、回復のために使われずに、自分を責めるために使われることになります。
      これが依存症になったクリスチャンが回復しづらい理由の一つになっています。

      よろしくお願いします。

      • サボテン より:

        早速のお返事をありがとうございました。了解いたしました。
        はじめてのコメントでしたが、私はありのパパさまの文章を読んだことをきっかけに、12ステップ関係の本は多数そろえて読み、またACミーティングにも通いはじめた者です。
        ありがとうございました。

        ですがありのパパさまの文章は、ちょこっと読んだだけですぐに各種の本に走ってしまったので、今からありのパパさまの12ステップ関係の文章を通して読ませていただこうと思っています。
        ひとまず最初にわからなかった疑問点を教えてくださり感謝です。
        おかげさまでスムーズに読んでいけそうです。
        通して読んでからまた質問をさせていただこうと思っています。

        よろしくお願いいたします。
        また、私のコメント上のミスを直していてくださりまことにありがとうございましたm(_ _)m

        • ありのパパ より:

          こんばんは、サボテンさん。
          コメントをありがとうございます。

          ご質問を楽しみにしております。

          「コメント上のミス」は、どうぞ気になさいませんように。

  3. サボテン より:

    おはようございます。サボテンです。
    全体を読み通してから質問しようと思っていたのですが、とても多くの量の文章で、かつ、一話づつ、とても感銘して読ませていただいています。
    とりあえず12ステップカテゴリだけ紙にコピペして印刷して読み通そうかと計画しています。
    こちらのブログで12ステップについて知り、すぐに本や自助グループにつながって、さて、自分のキリスト信仰とどのように折り合いをつけていこうかと考え始めた時に、ありのパパさまが先輩として、このような道をキリスト者として歩み、その道程を示してくれていたのだと感銘を受けています。
    書籍化されたりする計画などはないのでしょうか?

    • ありのパパ より:

      こんにちは、サボテンさん。
      コメントをありがとうございます。

      ともに「12ステップをキリスト者の内面的成長に適用する」という領域に挑戦させていただきましょう。
      電子書籍化する願いはありますが、単なる願いに終わっています。
      ご不便をおかけします。