狂気に勝てると思っているなら、無力を認めているとは言えません。

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1.12ステップを学ぶ動機

クリスチャンが12ステッププログラムに接近する際の動機を考えてみると「完全になりたい」とか「完成されたい」というものではないでしょうか?
「いいや、わたしはそんなことない!」という方もおられるでしょうが、誰あろう、このありのパパ自身がそのような思いを持っていました。
実は今でも持っています(笑)。

その完全になりたい・完成されたいという願いを朝ごとの祈りと黙想の時間に十字架につけています。
ありのパパの12ステップにおけるメンター的存在の方が「ありのパパさんは、12ステップの学びを修了されたら、聖人になると思っていましたか?」と聞かれたとき、それは図星でした(笑)。

平安の祈りに「自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを(与えてください)」とあります。
私たちが自分に変えられないものを変えようと悪戦苦闘(あくせんくとう)するとき人生は空回りせざるを得ません。
なぜなら変えられないものを変えようとすることに自分の持っているエネルギーを使い果たしてしまい、「変えられるものは変えていく」ことが出来なくなってしまうからです。
ですから私たちは人生のどこかで「これは変えられず、受け入れるほかはないものである」と諦(あきら)めることが大切です。

その結果として今現在ありのパパは深い平安の中で生活させていただいていますことを神様に感謝しています。

2.「思い通りに生きていけなくなった」の本当の意味

ビックブックでは強迫観念という言葉はあまり出てこず、「最初の一杯という狂気」という言葉が使われています。
狂気と言っても、この場合はアディクション(しへき)に関する考えだけがおかしくなっています。
嗜癖(しへき)の対象になっているものについて、自分のなすべき行動を正しく考えることが出来ないというのが強迫観念の正体です。

3.この狂気に勝てると考えているなら、無力を認めているとは言えない

無力を認めるとは、この狂気に勝てないのを認めることです。
狂気とは一言でいうと『ダメだと分かっていることを延々と繰り返すこと』ということになります。

このダメだと分かっていることを延々と繰り返す人々が他にもいます。
そうです、アダルトチルドレンです。

この狂気を強迫観念と呼びますが、この強迫観念のサイクルはACと共通です。
ここにACの回復に12ステップが有効である根拠があります。

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4.健康な心に戻してくれると信じるようになった

健康とは正気ということであり、正気の反対語は狂気です。
私たちは無力を知るだけでは十分ではなく、それだけでは解決にはなりません。

◎『自分の中にある狂気に勝てないと無力を認め、神になら自分をもう一度健康な心に戻すことが出来ると信じること』これがどうやら勝利の秘訣のようです。
平安と祝福を祈っています。

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