救いの確信と12ステップの関係とは?

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①先日2月7日はありのパパが救いの確信を神様にいただいた日

その時のことを今でもはっきりと覚えています。
1975年2月7日午前二時半のことです。
喜びが潮(うしお)のように三畳の下宿の部屋に押し寄せてきました。
喜びで息も出来ないほどでした。

それは今から思うと、12ステップを通して与えられる霊的体験と共通点を持つものでした。

しかし、その「救いの確信」とか「聖霊の証(あかし)」と呼ばれる霊的体験のあとに続いて12ステップのような「簡単な霊的道具一式」があるのを教えられることはありませんでした。

ただ、熱心に教会に通い続け、聖書を読み、伝道に励むなら、私たちは自然に成長するのだと教えられました。
しかし残念ながら自然に成長するということはありませんでした。
それはありのパパのこの40年間の信仰生活を振り返ってみるならば明らかであろうと思います。

その故にありのパパと同様に、信仰に入ったは良いが、なかなか成長できないでいることを心苦しく思っている方がおられるなら、そのような方の助けになりたいと願っているのです。

2015年現在、もし私たちが回復・成長しようとするなら、そのために必要なものはすべて揃っています。
ですから少しも躊躇(ちゅうちょ)することなく、12ステップの学びへと歩(ほ)を進めていただきたいと願っています。

②救いの確信を得て、良かったことは何か?

それは自分が神に愛されているのを疑うことがなかったことです。
自分が神に呪われているとか、神に裁かれていると思ったことは、正直この40年の間ただの一度もありません。
毎瞬毎瞬、自分が神に受け入れられているのを実感しつつ生きてきました。
私の悩みは、そうであるのになぜ内面の問題が解決しないのか、内的な成長が乏しいのか?というところにありました。
決して[神と私]の関係で問題があると感じていたのではありません。

③12ステップを学ぶのに自己肯定感が必要

12ステップを勉強していて感じたのは、12ステッパーの方々が自己肯定感に乏しいのではないかと思われることです。
たとえば「自分なんか生きていても仕方がない」とか「自分は神に裁かれて当然の存在だ」というような思いです。
ありのパパにとってみれば、それはとんでもない思い違いです。
私たちはみな、神に愛されている存在であり、私たち一人一人は神の目に尊い存在であるのです。

そのような訳で、12ステップを学ぼうとされる方が、同時に自己肯定感をアップさせるために自己受容(自分は尊い存在であるという事実を受け入れること)に励む必要があると感じています。

このような視点からアファメーションと呼ばれる肯定的自己宣言というものが提唱されています。
これには効果があるという意見と、効果がないという意見の二種類があります。
ありのパパはやったことがないので何とも言うことが出来ません。

◎12ステップを学ぶなかで、どうしても自分が神に受け入れられているという確信が必要と感じるなら、ためらわず神に救いの確信を求めていただきたいと願っています。
神はあなたの求めに応じて必ず救いの確信をお与えくださいます。
平安と祝福を祈っています。