性格上の欠点の源泉である恨みの感情を神に取り除いてもらうには?

(ステップ4)

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①恨みの感情があると神を感じることが出来ない

感じることができないとは、神が御一緒にいてくださるとき、私たちは必ず人格的な温もりに包まれますが、この温もりが失われるということです。
この状態を霊的に病んでいると言います(スピリチャルな病気)。
そのゆえに棚卸しで恨みを発見し、それを手放す必要がどうしてもあります。

②恨みの感情が神を遮断してしまう理由とは?

よく「神さまがどこか行っちゃった」というようなことを言っている人がいます。
しかし事実は神がどこかに去られたのではなく、その人の心の中にある恨みが神を感じさせなくしているのです。

なぜこのようなことが起きるかと言えば、神が住んでおられる私たちの心の場所に関係があります。
神は私たちの心の一番深いところに住んでおられます。
それは潜在意識の更に奥です。
私たちは通常、恨みなどの感情を感じてはいけないものとして抑圧します。
抑圧とは言ってみれば、潜在意識の中に押し込めるということです。

〇この潜在意識の中に恨みの感情があると神が見えなくなります。

③恨みの感情は「恨んでる~」だけではない

ムカつくとかイライラするとか不愉快であるという感情はみな恨みの仲間です。
怒りの感情も恨みの仲間です。
どういうことかと言えば、恨んでいるので、その恨みのゆえに怒りが引き出されるということです。
これに気が付いたとき、ありのパパは唖然(あぜん)としました。

病的な恨みの感情の特徴は、それを繰り返し味わうところにあります。
ありのパパの個人的経験を申し上げますと、普段は建前で生きており恨みなど微塵(みじん)も持っていないような振りをしていました。
しかし、日常生活のすき間すき間で恨みの感情を取り出しては、それを味わっていました。
もちろん、それは無意識的に行っていたことですが、それを意識できた今はそこから解放されることが出来ました。

④気を付けるべきこと

恨みの問題を解決するというと「分かりました。私はあの人をこの人を許します」という対応をしがちです。
しかし気を付けないといけないことは、それは多くの場合に更なる抑圧でしかないということです。
段階を踏まずにいきなり「許します・赦します」ということは不可能です。
それはそのように見せかけているのに過ぎません。
本物の回復を手にするためにも、このようなことをしてはなりません。

では段階を踏むとは何を意味しているのでしょうか?
それは棚卸し表を作ることによってです。
また棚卸し表をもう一人の人に見てもらい、自分の過ちの本質をありのままに認めることによってです。

なぜ棚卸し表を作るという面倒くさいことをしなければならないのでしょうか?
なぜなら、それをやるとカラクリが見えてくるからです。
大体の場合において、そのカラクリは行動パターンという形をとっていることが多いです。

⑤「捕まえてみれば、いたち一匹」

イタチは走り回るときにしっぽで地面を叩いて砂煙を起こすと言われています。
そのため、イタチが走り回ると一面がモウモウとするので皆は何が起きたかと大騒ぎになります。
しかし犯人を捕まえてみるとたったのイタチ一匹でしかなかったということです。

「あぁ、私の恨みはこんな一人よがりな思い込みによっていたのか。自分に落ち度があるにもかかわらず根拠なく相手が悪いと一方的に恨んでいたのか」ということが明白に分かります。

これが分かると使い馴れた行動パターンに別れを告げることが出来るようになります。
もちろん、取り除くことは神様にだけお出来になることですが、私たちの側でも足を取られないように、引っ掛からないように注意することは出来ます。

朝ごとの祈りと黙想の時間に、私たちの短所を取り除いてくださいと謙虚に神に求めます。
そうしたらあとは神にお任せして、私の側で警戒しなければならないことに注意しつつ一日を始めます。

◎棚卸しで恨みを発見し、さらにそれを手放す。
平安と祝福を祈っています。

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