人生をうまくやっていく三つの秘訣

ありのパパには漠然とした不安と恐れがあります。
しかしこの不安と恐れには根拠がないことをも同時に知っています。
現在与えられている、この平安は深まりゆくことはあっても決してなくなることはないのを知っています。
今日はみなさんとご一緒に、この平安を保つ秘訣を考えてみます。

スポンサーリンク

①自分の性格上の欠点は何かをはっきりと捉えている

自分の性格上の欠点となってきた行動パターンを明確に知ることが出来た日のことを忘れることが出来ません。
カウンセリングルームの窓から見えるありふれた光景が神の慈愛に満ち、いとおしく感じられました。
窓の外の風景を見ながら、自分の人生はここからはっきりと変わっていくのだと実感したのでした。

・単に性格上の短所を認識しているというだけでは不足。

どういうことかと言いますと、「うん、私は配慮不足なんだよね」とか「僕は利己的なんだ」というだけでは駄目だということです。
なぜならそんなことを聞かされた人は心の中で「そんなこと分かっている。今頃きづいたのか!遅いわ」と思われるのが落ちだからです。

そうではなく、複数の短所が混じり合って形作られる行動パターンを自分の性格上の短所として認識する必要があるということです。
そうするとそれは対処可能な欠点・短所となります。
たとえば配慮不足が欠点であるとするだけでは、ではどうすれば配慮不足を治していけば良いのかという答えは出てきません。

それに対して短所・欠点を行動パターンとして捉えるなら、以下のようになります。
「恐れが隠れた動機となって人々に対して不正直な対応をとってしまうため、どうしても対応が配慮不足となってしまう。」
要するに不正直ということは逃げ腰ということです。
恐れが背後に潜んでいるならなおさらのことです。
恐ろしいと思いつつ人々に接しているなら、その対応が行き届いたものになることはあり得ません。
それが結果として配慮不足になるのです。

自分の性格上の欠点としての行動パターンを捉(とらえ)ていれば、そのような状況に再び置かれた場合に「そらまた同じ状況がやって来たぞ。同じ罠に引っかからないように神の助けを求めつつやっていこう」と考え対処することが出来ます。

②今日一日だけを生きること

ありのパパが心に言い聞かせていることは「聖い生涯は罪を犯さなかった一日の積み重ねにすぎない」ということです。
私たちは責任の及ぶ範囲を全生涯に広げてはなりません。
それは自殺行為です
そうではなく責任範囲を今日一日に限定する必要がどうしてもあります。
その場合にだけ、私たちは心に平安をもち、喜びの中に生きることが出来ます。

ありのパパのように心に問題を抱えている人々は「今日一日だけを生きる」と言われると途方に暮れる場合もあるようです。
しかし健全な生き方をする他の人々は「そんなこと言われなくてもはじめから今日一日を生きている」のです。

料理愛好家の平野レミさんが一日を終えるとき「玄関の扉を閉めて鍵をかけ、『あぁ、今日も良い一日だった。楽しかった!』と思いつつ、一日を終えるんですよ」とラジオのインタビューでお話になるのを聞いたとき、ありのパパは腰を抜かすほど驚いたのを覚えています。
私たちもまた「今日一日だけを生きる」生き方を実践したいものです。

③12ステップの概観を捉えており、それがもたらす霊的目覚めを得ていること

はっきりと問題の所在がどこにあるかを知り、活動エネルギーを今日一日だけに限定し無駄遣いしないようにした後は、何が必要でしょうか?
そうです。問題は何であり、問題の本質は何かを知ったら、それに対応する解決策が必要です。
問題は二つあります。
一つは精神面での強迫観念であり、もう一つは肉体面での渇望現象です。
問題の本質とは私たちがその問題に対して無力だということです。
それに対する解決策は共同体による助けと12ステップがもたらす霊的目覚めです。

◎あなたはこの二つの解決策を受け取っておられるでしょうか?
また、その解決をもたらす「簡単な霊的道具一式」をもっておられますか?
肝心なことはその霊的道具一式が書棚ではなく、あなたの手の中にあるときだけ効力があるということです。
あなたは如何でしょうか?
平安と祝福を祈っています。

スポンサーリンク