人に変わって欲しいなら、相手を変えてやるという思いを手離すことが必要

人に変わって欲しいと願うなら、相手を変えてやるという思いを手離すことが必要です。
今日は皆さんとご一緒に、この引っ掛かりやすいカラクリについて考えてみます。

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①まずはじめにありのパパの告白です。

かつて私はどうやって人を変えてやろうかと思っていました(お腹の中で)。
それを言葉だけ「神」という単語に置き換えていたのに過ぎないことを、あるとき気づくことが出来ました。
かみさま、ありがとう!

もし本当に神に変えていただきたいと願うなら「手離して、あとは神にお任せ」しなければなりません。
「人は変わらねばならない」という思い込みは修正されなければなりません。
実はその思いは「どうやってでも人を変えてやる」という思いであるからです。
これは、恨みがましい、支配欲求が極端に強い病的な考えです。
「変えてやる!」と心の奥底では思っているくせに、口では「みんな変えられていきましょうね~」などと御為倒(おためごか)しを言っていたのです。

②実際の問題はどうする?

次の段階の問題は、どうしても変わってもらわなければならない人に関わっている場合はどうしたら良いかという問題です。
万引きしたり、暴力を振るったり、登校拒否しているお子さんのご両親は「ありのままでいい~!」と歌っているわけにはいきません。

そのお子さんが成人に達しているなら、それぞれの依存症を持った人々の12ステップグループに行かせるのが最善ということになります。
しかし未成年であれば、そういう訳にもいきません。

では、どうしたら良いかというと、まずご両親はカウンセラーを尋ねるのが一般的ではないでしょうか?
ここでもカウンセラーの言うことを聞いて、ご両親は目が点になります。
「はぁ~?」というわけです。

③人はどこで躓(つまず)くか?言葉を表面的に受け取らない

たとえば万引きしているお子さんがいるとします。
その場合、カウンセラーが「ありのままのお子さんを受け入れてあげてください」と言うと、親御さんは途方にくれます。
「ありのままって言ったって、万引き放題でいいってか?」とお腹の中では突っ込んでいるのですが、口には出せません。

このカウンセラーが言った言葉の真の意味は「お子さんの問題行動を解決するために、今まではお子さんの行動に焦点を当てて褒めたり叱ったりしていたのを、これからは存在に焦点を当てて、行動が良くても悪くても『あなたは私の子だ』ということだけで肯定し、受け入れてあげてください」ということです。

これは頭の理解では何となく分かったような気にはなりますが、実際は「ふ~ん」という感じで次の瞬間には頭の中から過ぎ去ってしまいます。
理由は親御さん自身が受容されて育てられていないため、「受容って何?」状態であるので「受容してください」と言われてもチンプンカンプンだからです。

④解決の道はただひとつ。自己受容

自分がもう一人の自分である自分自身を受容する練習をすることです。
自分が自分自身という聞き分けのない引っ込み思案な存在の善きマネジャーとなるのです。

はじめのうちはどんなに良くしても自分自身は顔を出してきませんし、なにも言ってきません。
それはそうです。
何十年もいないような振りをして、ほっぽらかしていたのです。
すぐには信用されません。
しかし辛抱強く善きマネジャーとして接することを続けるなら、あるときから自分自身が生き生きとしてくるのを感じるようになります。

矢澤栄吉さんが「俺って、グレイト!」と言っていますが、あれを自分自身に向かって「お前って偉い!お前はすごいよ!」と言ってあげるのです。
「俺はすごい」と言うなら、それは高慢ですが(笑)、「お前はすごい」と言うのなら、何の問題もありません。
それはただ他の人を誉めているに過ぎないのですから。

⑤自己受容と聖書の教えの整合性について

ある人々はこのようなお話を聞くと嘘くさく感じ「これは一人芝居ではないか」と言います。
しかし、そうではありません。
「自分自身を愛し、自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」という 主イエスの御命令は理念的な命令ではなく、言葉通りに受け取り実行されなければならない教えです。
これを一人芝居であるとか、聖書の教えから離れた世俗的な教えであるとすることは、主イエスがもっとも大切な戒めであるとされた教えを真っ向から否定していることにほかなりません。

◎「人を変えてやる」という思いを手離して、あとは神様にお任せして、自分の手が空っぽになったら今度は自分自身を愛するように自分の隣人である家族を愛することに全力で当たりたいものです。
平安と祝福を祈っています。

コメント

  1. マッキー より:

    ありのパパさんへ

    こんにちは。初心者なので、基本的なことかも知れませんが、教え下さい。

    自己受容とは、

    ①普段の自分
    ②普段の自分を客観視する自己

    ②が①を受け入れて、マネージメントするという理解でよろしいのでしょうか?

    私も自分の隣人である家族を愛することに全力で当たりたいものです。

    道のりは遠く、険しい…。でも楽しい!!

    • ありのパパ より:

      おはようございます、マッキーさん。
      コメントをありがとうございます。

      そうです。その通りです。
      その線で行ってください。ご健闘をお祈りしています。

      またコメントしてください。お待ちしています。