埋め合わせは謝罪ではないとはどういうことか?

(ステップ8・9)

広辞苑第四版によると謝罪とは[罪やあやまちをわびること]とあります。
これに対して埋め合わせは[a.欠けたところを補う。b.損失を他の物で補う。]とあります。
今日は皆さんとご一緒に、埋め合わせは謝罪ではないとはどういうことかを考えてみます。

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①謝罪はもみ消しや他人を操作する危険性がある

私は最初の頃、謝罪とは土下座することかと思っていました。
しかし埋め合わせは土下座でないのはもちろんのこと、謝罪とも違うというのです。
これは大変含蓄のあることを私たちに教えています。

どういうことかと言うと、土下座してでも謝罪するという人の心には「土下座するから、これで赦してね」という他人をコントロールする気持ちが含まれているということです。
また「色々あったけど、全部水に流してね」という、あったことをなかったことにしようとする魂胆があります。
要するに揉(も)み消しです。
このような間違った動機が含まれていることがあるために、12ステップでは謝罪という言葉を使わず、埋め合わせという言葉を使うようです。

②12ステップがいう埋め合わせとはどのようなものか?

過去に遡(さかのぼ)って修正する作業が埋め合わせです。
それは自分に問題があったにもかかわらず、相手を勝手に恨んでいたのを修正する必要があるということです。

埋め合わせとは過去の自分の過ちを修復し、元通りにすることです。
自分が一方的に恨んできた人との関係を修復することが目的であり、目標です。

埋め合わせの方法には幾つかの方法がありますが、遺憾の意を表すだけで良い場合もあります。
端的に言うと「申し訳ありません」ではなく「残念です」ということです。

③埋め合わせがもたらすもの

埋め合わせそのものは、相手の利益のために行うのではなく、自分のために行うものです。
その結果として罪悪感・後悔・自己憐憫・不安から解放されているのを気づくようになります。

④過ちを正す意欲を持つことがとても大事。

埋め合わせを始めると、恩恵(おんけい)と自由を感じるようになります。
そうすると、もっと他の人々へも埋め合わせをしようという意欲が湧き上がってきます。

言葉を替えて言うなら、私たちの人生は埋め合わせの人生であるということです。
埋め合わせは、機会のあるたびに、どんな時であっても行います。
埋め合わせするタイミングはハイヤーパワー(神様)にお任せします。
ただ、私たちはどんな時であっても「あっ、今が埋め合わせのときだ」と分かった時、慌てなくて良いように準備しておくことが大切です。

おまけ

これは12ステップの埋め合わせとはちがいますが、ありのパパがキリスト教入信時に罪の悔い改めとして、高校時代に無銭飲食したうどん屋さんにお詫びに行ったときのことです。
その時、とてもジェントルな対応をしてくださったことを感謝しているのですが、その後で爆発的な喜びが押し寄せてきました。
それは本当に踊り出すような喜びでした(実際に踊り出しました。それを見て母は「私の息子はとうとう狂ってしまった」と言いました(笑))。

◎私たちが意欲を持ち、信じ(ステップ1)、決心し(ステップ2)、行動を起こせば(ステップ3)、必ず結果を手にします(ステップ4~9)。
これが12ステップが提供するところの約束です。
平安と祝福を祈っています。

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