回復のために用意されている二つの解決策とは?

今日は読者の方からのご相談です。

はじめまして。
自分でACと思っているボボと申します。
神様は信じていますが、特に信仰する宗教はありません。

>「他人の何気ない言葉やしぐさが、自分を責めているように感じることはありませんか?
>もし感じておられるなら、あなたは解放される直前のところにいるということが出来ます。」

治りかけているという事なんでしょうか?
ここ何年か、いつも責められているとかバカにされていると感じ、すぐ怒りが爆発したり、自分を抑えられない状態が続いています。
これまで投影や被害妄想の場合もあっただろうし、ACはACを引き寄せるというのか、実際に自分の同類から嫌がらせされたり、罪悪感を与えられコントロールされたり、いじめられるという事もたくさんありました。

何年もカウンセリングを受けても、様々なセミナーに参加しても、あまり改善しなかったと思っていましたが、今の状態は最後の段階にさしかかっているのでしょうか。

何度も同じような経験を繰り返し、その度に苦しく、なぜこうなるのか、その答えを求めてずっと模索を続けてきました。
知識を得る事はAC脱出に重要だと思っています。
もがいてみたり、こんなの無駄だとヤケになり諦めたり怠けたりしましたが、そろそろ別の段階へ進めるのでしょうか。
だとしたら希望を持てます・・・

(相談はここまで)

ボボさん、こんにちは。
ご相談をくださり、ありがとうございます。
相談に入る前に明確にしておかなければならないことが幾つかあります。

一つはACの問題と感情の問題はつながってはいるが、ちがう問題であるということです。
ですからACの問題に努力しても感情の問題が解決することは期待薄(うす)です。

もう一つはACは病気ではありませんから、治るということもありません。
またACを依存症の問題としてとらえる立場から言うと、依存症は一度なったら決して治らない病気です。
しかし回復は可能です。
これは糖尿病などにも同じことが言えます。
一度糖尿病になると治ることはありません。
ただ投薬と食事療法によって病気が今以上に進行しないようにするだけです。
しかしうまくやることによって、健康な人と同じような生活を送ることが可能です。
依存症もこれと同じです。

以上述べたことを前提としてお話しさせていただきます。

スポンサーリンク

①私が「解放される直前のところにいる」と書いたのは、次のような理由からです。

それはACに限らず依存症傾向のある人は否認が激しいです。
人から見たら大酒飲みなのは明らかなのに「いや私は酒が好きなだけだ」と平気で言います。

「自分は依存症である」「自分はACである」と否認を捨てて認めることができるなら、それは解決の入り口に立っているということが言えます。
カウンセリングの世界でも「カウンセリングを受けようと決心してカウンセリングを受け始めるなら、問題の半分は解決したも同じ」と言われることがあります。
要するに自分の問題を自覚できたなら、あとは解決を受取るだけということです。

②何をすれば解決を受取ることが出来るか?

ACを含む依存症の問題は二つあります。
一つは精神面での強迫観念です。
もう一つは肉体面の渇望現象です。
この二つのものに対して無力であるというのが問題の本質です。

問題の本質が明らかになれば、解決方法も明らかになります。
雨漏りする原因が屋根にあると分かれば、解決方法は屋根を修理するということになります。
同様に自分の無力が問題の原因であると分かれば、解決方法は「自分を超えた力」に頼ることです。

問題が二つあるように解決の道も二つ用意されています。
自助グループとか相互支援グループと言われる共同体から受ける助けです。
もう一つは12ステップを学ぶことによって得られる霊的目覚めです。

共同体から受ける助けは、速効性があるが持続性はない。
12ステップから得られる霊的目覚めは即効性はないが持続性があります。
ですので、この二つのものはセットになっています。

③自分と同じ問題をもっている人たちのグループに参加する。

ACの問題をもっているなら、ACAACoAなどの自助グループがあります。
感情の問題をもっているなら、EAという自助グループがあります。
今あげたグループは全国にミーティング会場があります。
詳しいことはこれらの団体のホームページをご覧になってください。

◎どうぞ、ボボさんがこの二つの解決を受取ることが出来ますようにと祈ります。

スポンサーリンク