アダルトチルドレンは12ステップで回復可能です。

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①ACの12ステップと他のステップとの違い

AAの12ステップは飲酒の問題の解決を目指したものです。
NAは薬物依存を解決するためであり、GAはギャンブル依存の問題解決を目指したものです。
ではACの12ステップは何の問題からの解決を目指したものでしょうか?

私はこの問題に対面したとき、答えにつまりました。
皆さんは如何(いかが)でしょうか?
ACは生きづらさを抱えていますが、でもだからと言ってすべてのACが何かの依存を抱えているわけではありません。

AC系の12ステップグループのパンフレットを見ると「アディクションの影響に対して無力」とか「機能不全家族で育った影響に対して無力である」と書かれてあります(アディクションとは嗜癖(しへき)という意味です)。

アディクションの影響に対して無力であると定義すると、何らかの依存を持っていない者には当てはまらないことになってしまいます。
機能不全家族で育った影響に対して無力であると定義すると、理屈としては間違っていないが何を言っているのか明確でないという感じがします。

②精神面での強迫観念と肉体面での渇望現象とは?

たとえばアルコール依存を例に挙げて考えるとアル中には二つの無力があります。
一つは一杯目を飲むと二杯目を飲まないでいることが出来ない無力です。
これを肉体面での渇望現象と言います。
二つ目はどうしても一杯目を飲まざるを得なくなる狂気に対しての無力です。
これを精神面での強迫観念と言います。
アル中の場合ですとこれは肉体面と精神面という二つの領域で現れる問題と言うことになります。

買い物依存症などの行為依存と呼ばれるものですと、どうしても借金してでも買い物をしてしまう強迫観念、一度買い始めると延々と買い続けてしまい止まらなくなる渇望現象という理解になります。

③12ステップが言うところの強迫観念とはどのようなものか?

回復した元アル中のお話では、誰が考えても全くおかしい理屈が、自分にとっては至極当然のまっとうな考えに思えてしまうということでした。
たとえばミルクに一滴ブランデーを垂らすぐらいなら問題ないだろうと。
(誰ですか、私もそう思ったなどと言っているのは(笑))
これを狂気とか、強迫観念と呼ぶわけです。
これを強迫観念と呼ぶのなら、私たちACは毎日の生活を強迫観念に縛られながら生きていると言うことが出来ないでしょうか?
(少なくとも私にはそのような実感がありました。)

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④ACは強迫観念に対して無力

ACにとっての無力はこの理解の延長線上で考えていくとどのようになるでしょうか?
ありのパパの理解では、精神面での強迫観念が主な問題になるということになります。
(ACはクロスアディクションに陥りがちであると言われますから、気をつけていないと容易に肉体面での渇望現象が問題になり得ます。)

⑤ACにとっての強迫観念とは強迫的な行動パターンを指す

強迫的な行動パターンを変えていくのは簡単なことではありません。
なぜならそれは目に見えないからです。
アル中なら再飲酒しないという、薬中ならスリップしないという目に見える印があります。
しかしACにはこの印がありません。

この点に関して言えばありのパパは自分が癇癪持ちであって良かったと思っています。
なぜなら日々の生活の中で、最低これだけをしなければよいという明確な目に見える印があるからです。
(怒りを爆発させなければ良いという最低目標だけで満足している状態はもっとも危険な状態であり、さらなる回復を目指していく必要があります。)

⑥どうしたら強迫的な行動パターンを変えていけるのか?

それは12ステップの4以降を恐れずに徹底してやっていくことです。
しかし4以降を徹底してやっていくために必須なのが、1から3を本当に理解していることです。
本当に理解するとは、頭の理解にとどまらずにお腹にストンと落ちるということです。

アル中にとってアルコールに対して無力であるのを認めるのは難しいことではありません。
なぜなら自分の生活・人間関係を見れば無力を認めざるを得ないからです。

しかしACにとって、この1から3のステップを理解するのは難しいことです。
なぜならACには無力を認めざるを得ない印がないからです。
しかしながら正直な心になって自分の生活をしっかりと見据えるなら、いくらでも自分の無力を認めることは可能です。
どうしてかと言いますと日常生活が強迫観念にがんじがらめにされているのが明白だからです。

◎12ステップを実践することによって強迫的な行動パターンから解放されることが可能です。
平安と祝福を祈っています。

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