私たちが国際問題解決のために出来ること

今日は皆さんとご一緒に、祈りについて考えてみたいと思います。

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①まず祈る!

とにかくまず祈ることです。
祈りは何にも増して効果があります。

「義人(ぎじん)の祈りは働くと、大きな力があります。」(ヤコブ書5:16)

聖書が言う義人とは文字通りの正しい人ということではなく、完全な行いによって合格に到達する道を諦め、私たちの替わりに死んでくださったキリストのゆえに「出来なくても合格」という信仰による救いの道を歩んでいる人を指しています。

ではどんな祈りが効果的なのでしょうか?

②宣言する祈り

これはどういうことかと言いますと、ぐずぐずと祈らないということです(笑)。
一言で言うと明快に祈るということです。
人様の祈りを批評して申し訳ないのですが「解決は難しいと思いますが、少しでも事態が改善されますように」とか祈る人がいます。
私がそのような方に言いたいのは「聖書には『もし出来ればと言うのか。信じる者にはどんなことでも出来るのである』と書いてあるのを知らないのか!」ということです。

もちろん、ことの大きさを思うとき、解決は一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないのではないかと考えるのは人間的には理解できます。
しかし効果のある祈りとは、そのような祈りではありません。
自分の中にある「こうなってほしい」との思いを単純に申し上げることです。

それはまさに幼子(おさなご)が両親に目をキラキラさせてお願いごとをするようです。
間違っても、子供が「これ買って、買って、これ買って~」と泣きわめくのが幼子の祈りだと勘違いされませんように。
このような祈りはどんな祈りであっても聞かれることはありません。
理由はもう既にお分かりですね(笑)。

③献げる祈り

献げる祈りとは「手離して、あとは神様にお任せ」を具体化したものです。
たとえば人間関係が思うようにいかないのは、私たちが握っているからです。
そのことに気づいて、その人のことを手離します。
そしてあとは神様にお任せします。

同様に「これは解決不能だろう」と私たちが思うのは、その問題を私たちが握っているからです。
それで問題解決のために手放し、神に委ねます。

では国際問題はどうでしょうか?
もちろん国際問題を握っている人はそう多くはないでしょう(笑)。
しかしある特定の国際問題が解決不能であると思っているのは、それの解決のために神に期待していないからではないでしょうか?
神に期待していないとは、言葉を換えて言えば私たちが問題を握っていると言うことなのです。
ですから、そのことに気づいたら「神様、この問題をあなたに献げます。この国を、この団体を、このリーダーを神にささげます」と祈ります。

そうしたら自分の内面に不思議なことが起きます。
それは今までは本音で言えば解決は無理だと思っていたのに、献げたあとでは「この問題は今、キリストの手の中にある」と感じ、問題解決は可能であると考えることが出来るように変化します。

④問題をキリストにささげる

ありのパパは食前の感謝の祈りごとに「日本をキリストに献げます。韓国を中国を献げます。イスラエルを、パレスチナのハマスをキリストに献げます」と世界中のために祈ります。
このように祈っていると、人を人とも思わないイスラエルやハマスの指導者たちであっても、神の恵みによって問題解決は可能であるとの信仰が段々と与えられるようになります。
それでますます熱心に祈り始めるというわけです。

〇私たちが祈りを通してキリストにささげると、それらは神の手の中に移される。

⑤自分が手に入れたいと願っているものを、その人たちも与えられるように祈る

ご自分が手に入れたいと願われているものは一人一人みなちがうと思います。
ある人は「何と言ってもお金ね」と思っておられるでしょうし、ある人は「やっぱり平和で幸せな生活かな?」とお答えになられるでしょう。
何でも構いませんので、ご自分が神様に与えられたらいいなと思っているものが、その方々にも与えられるようにと祈るのです。

この祈りは12ステップで「人を赦すための祈り」として有名なものです。
この祈りを実践すると、祈っている相手に対して愛を感じるようになります。
これは不思議な体験です。
どうぞ皆さんも実践し、体験なさってください。

⑥視野を世界大に!

a.海外の問題

世界では様々な国が様々な問題のために争っています。
私たちはそれらを一つ漏(も)らさず祈りの対象としたいものです。

ちょっと世界を見回しただけでも、イスラエルとパレスチナ(ハマス)、日本と韓国・中国、スーダンと南スーダン、ウクライナ、西アフリカのエボラ出血熱、アフガニスタン・イラクなどのイスラム教原理主義勢力の問題があります。

b.国内の問題

〇国内の神道原理主義勢力がこれ以上伸長しないように。
〇ネット右翼(ネトウヨ)や神道原理主義系の新聞であるサンケイ新聞の働きが神の力によって妨げられるように。

なぜこれらを祈らなければならないかと言いますと、私たちの国の歴史の中でキリスト教は二度迫害されました。
一回目はキリシタンが江戸幕府に、二回目は神道原理主義政府によってです。
このどれもが仕方がなかったという面がないとは言えませんが、効果的に祈られ、対策が実行されたとは言えません。

「迫害は忘れたころにやって来る」ものです。
現在の安倍内閣が「秘密保護法」「集団的自衛権」「歴史認識の見直し」に遮二無二(しゃにむに)向かっている本当の理由が何であれ、私たちは歴史の教訓から学んでおく必要があります。

◎私たちが熱心に祈っていると神は私たちをご覧になり「見よ、彼らは祈りおるなり」と私たちの祈りを受け入れてくださいます。
私たちはますます熱心になって祈ろうではありませんか!