「正直になるとは自己一致すること」その一歩を踏み出せ!

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1.正直と不正直

①正直に生きるとは、どういうことか?

正直というと「バカ正直」とか「正直者はバカを見る」とか余り良いイメージがありません。
確かにありのパパも正直ということを高く見積もっていませんでした。
ただ子供のときから嘘(うそ)が下手(へた)で良くばれて叱(しか)られていました。
そのため、ある時に「これは全然嘘をつかない人になるか、嘘の達人になるかどちらかを選んだ方がいいな」と考えました。
中途半端に嘘をついたり、つかなかったりすると結局のところダメージが大きいと考えたのです。
その結果、全然嘘をつかない生き方を選び取りました。
嘘をついてごまかしたいという誘惑を来たとき、それを退けて真実であり続けるのです。
この選択は何十年も前のことですが、いま振り返ってみて本当に正しい決断をしたと思うことです。

②不正直とは、どういうことか?

①では「正直」ということを「嘘をつく」ことと対比させて考えてみました。
今度は「正直」ということを「不正直」ということと対比させて考えてみます。
不正直とは、嘘をつくことが積極的に虚偽を述べることであるのとは違い、中途半端な印象を与えます。
しかし、嘘は心の表面でつきますが、不正直は心の深いところの投影(とうえい)です。
投影とは、本音ではそう思っているのに、何らかの無意識の理由で本音を語らずに建前の当たり障りのないことを話すということです。

2.建前と本音が一致しているのが自己一致

①不正直とは、建前と本音が別々になっている状態

これの反対、つまり建前と本音が一つになっている状態を自己一致していると言います。
日本人ほど建前と本音を使い分ける国民はいないと言います。
しかもそれをある人は自分の誇れる能力であるかのように思っています。
曰く「建前で言ったのに信じたやつがバカなのだ」とか「お世辞で言ったのを真に受けるとは世間知らずにも程がある」とかです。
しかしこのような生き方をする人は人生のどこかで必ず破綻(はたん)するもののようです。
芸能界を見ても「お世辞がうまい」のが特徴の芸人さんがおられますが、そのような方々は人生のどこかで自分が蒔(ま)いたトラブルの種(たね)に刈(か)り取られてしまっているようです。

②どうしても建前と本音が一致した人生を歩むことが必要

自己一致の人生を生きていると、ときどき外野から「そんな馬鹿正直に生きていても損するばかりで良いことはないよ」と余計な教訓を垂(た)れてくださる人もいます。
しかし面倒くさくても骨が折れても自己一致した人生を生きていくことです。
必ず人生そのものに神の祝福が与えられるのを体験するようになります。

③配慮の欠如と自己一致

今まで「自己一致が一番!」みたいなことを書いてきて、こんなことを書くのも何ですが、気を付けなければならないこともあります。
それは自己一致していようがいまいが、そんなことには関係なく周りの人々に配慮することが大切だということです。
バ~ンと自分の言いたいことだけを目を品剥(ひんむ)いて機関銃のように語っても、それは虚(むな)しいことです。
自分が言いたいことを言うよりもまず先に、相手が言いたいことを聞く態度、即ち受容的な対応を心がけたいものです。
そうしないと天国を思わせる自己一致人生が一転して地獄のような地獄谷人生になってしまいます(笑)。

3.正直と自己一致

①自己一致した人の正直さとは、まず第一に自分に対して嘘をつかない生き方

だ・か・ら、その正直さはすがすがしいのです。
もしそのような内面性を伴わずに、ただ外面的に人に対して嘘をついていないだけという正直さは軽々しくもあり、中身が伴っていません。

②幸せになりたいと思うなら、自己一致を伴った正直さを持って人生を生きていこう

建前と本音を使い分ける生き方や社会の仕組みは現在トコトン行き詰まっています。
このようなとき人は、ありのパパの若いときのように、どちらかの選択をします。
それはますます建前と本音を使い分ける達人を目指す道と、建前と本音を一致させて人生を生きていく道です。
さて、この文章を読んでおられるあなたはどちらの道を選択なさるでしょうか?

◎内面が自己一致しているとき、私たちは真の意味で正直に生きることが可能になります。
これこそがこの世の中と人生をストレスなく生きていくための秘訣です。
平安と祝福を祈っています。

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