もう一度「仕事の意味と目的」を考える時が来たのかもしれない

今日は仕事を通して神様の栄光を現したいと願われている方からのご相談です。
皆さんとご一緒に悩みに耳を傾けたいと思います。
そして皆さんなら、どのようにお答えになるか考えてくだされば幸いです。

以下相談内容

初めまして。ゆきと申します。
ペンテコステ教会に毎週家族で通っているクリスチャンです。

私は5年前からフルコミッションの営業をしています。
全国に720名ぐらいの同じ仕事に就いている方々がいます。
多分、クリスチャンは私一人ではないかと思います。

オーナー社長は風水に凝り、他の人たちはパワースポット、パワーストーンなどに凝っており、まるで偶像礼拝の塊のようです。
そのような中で私は自分がクリスチャンであることを精一杯アピールしています。
が、悲しいことに成績が悪いので信仰の話しに耳を傾けてもらうことが出来ません。

このような状況の中で私の肉が叫びます。

「イエスさまを否定する彼らが、どうしてあんなに栄えるのですか?」と。
私は神様の栄光を仕事であらわし、それをきっかけにしてイエスさまに興味を持って欲しいのです。
なぜなら私がこのような仕事をすること自体が本来ならあり得なく、神様の意図が必ずこの仕事にあると思わざるを得ないからです。

ところがそれにもかかわらず成績が悪いのです。
私の信仰が足りないのか、祈り方が悪いのか。
テクニックに走ってしまっているような気もします。
結局、神様の栄光と言いながら、自分なのかと思ったり。

答えが出ず、堂々巡りに終わっています。
数字が偶像になってはいけませんが、それに携わっている以上伸ばしたいと思っています。
この考え方自体どうなんだろうと思っているところもあります。
もう訳がわからなくなっています。
どうかアドバイスくだされば幸いです。よろしくお願いします!

相談内容はここまで

こんにちは、ゆきさん。
ご相談を下さり、ありがとうございます。

ありのパパ自身も営業の仕事に携わっていましたので、ゆきさんのお話を読みながら懐かしく思い出していました。
しかし、ありのパパ自身も営業の仕事をしているとき、これから差し上げるアドバイスを少しも理解していませんでした。
これからお話することは、あの時の自分に向けてのアドバイスでもあります。

①顧客の満足が順番の第一です。

仕事の目的は一人一人のお客様に満足を提供することです。
失礼ながらゆきさんのご相談の文面には顧客の満足に対する配慮を発見することは出来ませんでした。
もちろん「そんなことは分かった上で相談している」ということもあるでしょう。
しかしこれは常時意識していなければならない問題です。
仕事の目的が顧客に満足を与えることでなければ、たとえ神の栄光を現すことが目的であったとしても、成績が上がることはあり得ないと思います。
ゆきさんはどのようにお考えでしょうか?

②自分自身の満足はどうなっていますか?

顧客の満足が第一であるとするなら、仕事に携わっている自分自身の満足が順番の二番目に来ます。
現在のお仕事がゆきさんの天職であるなら、ゆきさんの心に満足があります。
しかしそうでないなら不足感が心にあるでしょう。

ありのパパは営業の仕事から教える仕事に転職してから、自分の天職を発見しました。
それまでは生活の糧(かて)を得るために仕事をしていました。
しかしそれは自分のやるべき仕事ではありませんでした。
そのことに深く想いを巡らすことがなかったということが反省のポイントです。

③順番の三番目は仕事仲間の満足です。

どのようにして同僚の方々に満足を与えようとしておられるでしょうか?
満足を与える最短距離は、彼らが困難に感じていることを解決する情報を提供することです。
さらに確実なのは「自分はどうやってこの問題を解決したか」を体験として語ることです。
そうしたら、仲間の皆さんは耳を傾けてくださり「もっと話を聴きたい」と仰ってくださるでしょう。
その時にさりげなく福音を語るのです。
これが本当の一石二鳥(いっせきにちょう)です(笑)。

④順番を間違えないことが成功と祝福の秘訣。

神の栄光をあらわそうとするなら、今まで述べてきたことだけでは足りません。
なぜならそれだけなら神様を信じない人もやっているからです。
「それ、パワーストーンでも出来るで(笑)」と言われたら、それでおしまいです。
「はい、それまでよ」とならないためには世の人が知らぬものを、ゆきさんが持っていなければなりませんね。
それは心の静けさという霊性です。
これをもって仕事に携わるなら、周りの方々はゆきさんの中に確かに神様をお感じになられるでしょう。

◎心の静けさをもって、顧客の満足・自分自身の満足・仕事仲間の満足の順番を意識しながら仕事をやっていってください。
そうしたら必ず神様の祝福を受けることができると信じます。
祝福と平安を祈っています。

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コメント

  1. ゆき より:

    今、研修より帰国し空港からのバスです。
    今回の研修は700名の中から150名のみ参加出来るものでした。
    なぜ私が選ばれたのか謎のまま、帰ってきました。

    アドバイス、ありがとうございます。
    勿論、顧客に満足してもらえなかったら、リピートしてくれませんので、それを考えていましたが、その前に、信仰を置いて考えていたので、訳がわからなくなったのかと思いました。
    私はありのパパさんと逆で教える仕事から営業になりました。
    この仕事は女性にとって最高で満足していますし、同僚もいい方たちです。
    ありのパパさんのアドバイスで、頭がスッキリしました。
    会社は私に結果でなく、これからを期待しての招待だったと思います。

    また、マタイ6章ばかりが最近目につき、さっき飛行機で一瞬ひらいたのがルカ伝の何を食べるか、飲むかのマタイと全く同じ箇所でもうびっくりしました。
    神様の霊性が現れることが伝道であるということもとても納得いきました。
    私を通してお一人でもそれを感じてもらえるようになりたいです。
    ありがとうございました。またよろしくお願いします。

    • ありのパパ より:

      こんにちは、ゆきさん。
      コメントをありがとうございます。
      そしてお帰りなさい。

      こちらこそよろしくお願いします。
      またコメントしてください。お待ちしています。

  2. マッキー より:

    ありのパパさん、こんばんは。

    私の場合、営業と言っても、ものすごくショボい業種ですが、20年以上前に新聞販売店に勤めていて、担当区域の部数管理や配達の合間に、拡張(業界用語で営業のこと)も、やっておりました。

    向いていたのか、ついていたのか微妙ーですが、担当区域の部数を一割増やしては、部数が減った区域に投入されるようになりました。

    朝刊の配達の終わった後の日の出がサイコー!! 清々しかったです。(笑)

    でも、ある時運命の一言…。お客さんから

    「テレビとインターネットがあるから、もう新聞いらなーい」

    潮時だと悟りました。販売店と新聞社からお金を出して貰って、ハワイにただで行かせて貰ったりもしましたが、この業界に未来はない、と思ってスッパリと辞めてしまいました。

    今、思うと大正解でしたが、残った同僚は今頃どうしているのか…。確かめようもありませんが…。部数減少、チラシ減少、都会でも新聞販売店には大変な時代のようです。

    • ありのパパ より:

      こんばんは、マッキーさん。
      大変興味深いコメントをありがとうございます。

      そうですね。でも新聞社がつぶれる前に雑誌社がつぶれると言われていますね。
      雑誌の部数減は新聞の比ではないようです。

      雑誌も新聞も読んだあとの始末が大変です。
      年を取れば取るほど、新聞紙のかたまりが重たく感じます(笑)。

      またコメントしてください。お待ちしています。