その発想はなかった!ネトウヨの正体は神道(しんとう)原理主義だった

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1.21世紀は原理主義との戦いの世紀と言われます。

ソ連崩壊後、悠久(ゆうきゅう)の平和が訪れるのではないかと思われた一時期がありました。
今から考えると信じられないほど根拠なく楽観的・空想的な見通しでした。
しかしソ連邦が崩壊してまもなく世界各地でイスラム原理主義の団体が武力を含む実力行使によって国家の統治機構の乗っ取りを試みるようになりました。

2.この原理主義の発祥の地はどこかご存じでしょうか?

そうです、この日本です。
戦前、我が国を無謀な戦争に駆り立て、諸国民に多大な被害を与えたのは軍国主義ではなく神道原理主義であったと、ありのパパは考えています。
その現代における後継者というか残党がネトウヨとかネット右翼と呼ばれている人々です。
そのネトウヨの親玉(おやだま)に当たるのが「みんなで靖国(やすくに)神社に参拝する国会議員の会」というふざけた名前の国会議員グループです。
彼らの主張を比べてみると瓜二(うりふた)つです。
あたかもタイムマシンに乗って時空を超えてやって来たかのようです。

3.戦前の神道原理主義勢力の主張と現代のネット右翼の主張を見てみましょう。

戦前我が国は「八紘一宇(はっこういちう)」「五族協和(ごぞくきょうわ)」というスローガンを掲げました。

①「八紘一宇」とはアジア全体が日本を盟主として協力してやっていこうという考えでした。

これは日本を中心として世界が仲良く平和にやっていこうという一見結構な教えに見えます。
しかし実際の中身は全然違いました。
「自分の欲望を満たすためなら何だってやってやる」と本音では思っていても、それでは世間体(せけんてい)が悪いので「世界中の皆さん、仲良くやりましょうね。ただし私が親分ね(笑)」という笑うに笑えない噴飯(ふんぱん)ものの戯言(たわごと)に過ぎませんでした。

②「五族協和」とは満州国において、五つの民族が仲良くやっていくことにより理想の国づくりを目的にしたものでした。

中国という国の中に満州国という傀儡(かいらい)の国を作り上げ「五民族が仲良くやっていきましょうね」と言われて、「そりゃ、結構なことだね」と喜ぶ人がいるでしょうか?
そんなおめでたい人は世界中のどこを探しても一人もいないでしょう。

③ネトウヨ(ネット右翼)の主張

とにかく中国と韓国が嫌い(笑)。

「きらう理由は?」と尋ねても「嫌いだから」と論理無視で子供丸出しの感情論一辺倒です。
彼らにあるのは初めから終わりまで自分中心の思いだけです。

「私が世の中の中心だから私は尊重されてしかるべき。それだのに日本(の一部である私)を尊重しないのは気に食わない」
⇨(どの国も日本のために生きている国はない。みんな自分の国のために生きている。それが当たり前のこと)

「昔は色々あったかもしれない。しかし何十年経ってもまだそれに文句つけるのは間違ってる」
⇨(いじめた方は簡単に忘れてしまい「昔はそんなことがあったな~」とほざいていても、いじめられた方はずっとそれを覚えているというのは良くある話)

◎どうぞ皆さん、これからはネトウヨ(ネット右翼)の主張を見たり聞いたりするたびに「あっ、これはイスラム原理主義と同類の神道原理主義なんだな」と思ってください。そうしたら、どのように対応すべきか自(おの)ずと分かるようになります。

コメント

  1. レールモントフ より:

    こんにちは、初めまして。
    私はたまに聖書は読みますが、ノンクリスチャンかつ無神論者(のつもり)です。
    また、いかなる政治団体の類いにも属していません。
    こちらのblogには、偶然辿り着きました。

    さて、所謂ネット右翼というのが神道原理主義(国家神道と言ったほうがより適切かと思いますが)の後継者であるというご意見ですが、大多数のネット右翼にそのような歴史的な意識は全くないと私は思います。
    それどころか、嫌悪している中国人や在日を含む韓国・朝鮮人とまともに関係を持ったことすらない人間ばかりです(だから理由を問われても答えられない)。
    接した上で嫌な体験をして中国や韓国を嫌うのならば理解できますが、たまたま中国や韓国が明治時代以降の日本社会では差別される存在であったこと、ネット上に溢れている中国、韓国ヘイトに感化されただけのことではないかと考えています。
    うだつの上がらない自分の境遇、現実の社会では疎外されているちっぽけな自我を補償するための「八紘一宇」であり、要するに精神的な慰めとしての愛国心なんだと思います。
    イスラム原理主義者なら銃を取ってシリアに赴くかもしれませんが、ネット右翼はインターネット上で盛り上がって、殺される心配のない安全な日本国内でヘイトスピーチをするだけのひ弱な存在です。
    インターネットネット時代の精神病理の対象ではないでしょうか。
    ただし、私の経験では、ネット右翼の中には、ある種職業的にやっているように見受けられるのがごく少数います。
    もしかしたらある種の政治団体、或いは宗教右翼の構成員が、ネット上で工作しているのかもしれません。

    スマホから長文失礼致しました。

    • ありのパパ より:

      こんにちは、レールモントフさん。
      初めてのコメントをありがとうございます。

      仰るような理解は社会学的な視点から見ると、その通りであると考えます。
      ただし、そのような理解だけでは「じゃ、仕方ないね。ほっといても大丈夫」となりがちです。
      この油断が戦前の我が国の大失敗につながりました。
      そうならないためには、どうしたら良いかと考え、神道原理主義という概念をつくりました(大げさですが)。

      確かにイスラム原理主義と神道原理主義は性質が違います。
      しかし神道原理主義も同様に危険なものです。
      ネット言論を牛耳り、知らず知らずのうちに世論を間違った方向に引っ張っていきます。
      我が国の国民の性質からして、一旦そうなってしまってからでは修正することが出来ないでしょう。
      ですから、そうならないうちに打てる手はみな打っておくことが大切だと思います。

      ISIS(イスラム国)に参加する欧米の若者たちの目的は「自分探し」です。
      「お前は人を殺して自分探しをするのか?」と言ってやりたい気がしますが、彼らは本気です。
      我が国の若者たちも「自分探し」ためにヘイトスピーチをします。
      動機は完全に同一です。
      自分のために他人を犠牲にして、恥じることがありません。
      これが原理主義の本質であると、私は考えています。

      またコメントしてください。お待ちしています。