はじめて祈りと黙想を行う人が知っておきたい5つのルール

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1.祈りと黙想を効果的に行う秘訣は自分の必要に沿(そ)って行うことです。

どういうことかと申しますと、未婚の方であるなら「自分が願っている条件にかなった人が与えられるように」と祈るなら、自ずと力の入った祈りになるということです。
反対に、自分以外の人がどうにかなるようにと祈ることなどは的外(まとはず)れも甚(はなは)だしいものです。
自分でどうにかなるのは自分自身だけであり、人様のことは「手離して、あとは神様におまかせ」することだけが、自分に出来ることです。

私たちには様々な必要があります。
先程の結婚相手を求める祈りもそうですし、子供が真っ直ぐに育っていくようにという願い、経済的な祝福を求める願いなどがあります。
しかし人生を長く生きてきて、人に必要なのはそんなに多くない、いや必要なものはただ一つであるということに多くの人は気づくようになります。

2.それは恐れから解放されて生きていくことです。

心の中に恐れを抱えていては(言い換えると、恐れに心が知らず知らずのうちに支配されていては)うまくいくものも、うまくいかなくなるからです。
今日のテーマは「はじめて祈りと黙想を行う人が知っておきたい5つのルール」ですが、この五つのルールとは何を指しているのでしょうか?
それは人が持っている恐れには5種類あり、その一つ一つに対応して祈るのが大事(だいじ)であるということです。
なぜなら祈りと黙想を行う目的のうちの一つは恐れを取り除くためだからです。

恐れには主に、

①孤独になることへの恐れ
②傷つけられることへの恐れ
③病気になることへの恐れ
④人に働き掛けることへの恐れ
⑤人生が失敗することへの恐れ

以上のものがあります。

聖書にはその一つ一つの恐れに対して「もう恐れなくても良いんだよ」と恐れに対する処方箋が書かれてあります。
それでは一つ一つ見ていきましょう。

①孤独になることへの恐れ

「シオンの娘よ。喜び歌え。楽しめ。見よ。わたしは来て、あなたのただ中に住む。」[ゼカリヤ書2:10]

12ステップミーティングで使われるスローガンの中に「あなたは一人ではない」というのがあります。
それは「あなたは一人ではない。神があなたと共におられる」ということです。
別のスローガンに「私には人々が必要」というのがありまから、この「あなたは一人ではない」のあとに続くのが人々ではなく、神であるのは明らかです。
神がいつでも共に私といてくださるなら、孤独になることへの恐れに打ち勝つことが出来ます。
この神の事実を黙想のたびごとに味わうのです。

②傷つけられることへの恐れ

「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。もし、だれかが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたがその神殿です。」[Ⅰコリント3:16,17]

だれも傷つけられて嬉しい人はおりません。
だれもが傷つけられるのではないかと内心恐れています。
それで行動が制限され、なすべきことをなさないまま、時間だけが無駄に過ぎていく人生を生きている方もおられます。
しかしこの聖書の言葉は「あなたの中には神が住んでおられるから、あなたは神の住まい即ち神殿ということになる。だからあなたを傷つけることはとりもなおさず神の神殿を壊すことになる。神はそのような人を放っておかれず滅ぼされる。」というのです。
この神の事実を味わうなら、今日一日分の恐れから解放されることが出来ます。

③病気になることへの恐れ

「もし、あなたがあなたの神、主の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行ない、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは主、あなたをいやす者である。」[出エジプト記15:26]

これは神の命令を守っているなら、神様が私たちを健康に保ってくださるというお約束です。
神の命令とは何でしょうか?
それは「自分自身を愛し、自分自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい」ということです。
この命令を守るのは簡単ではありませんが、しかしこの命令こそ、私たちが生きてく上で生命線ともなるものです。
それで私たちは祈りと黙想の時間ごとに「だから、私は今日一日健康に生きる!」と宣言するのです。

④人に働き掛けることへの恐れ

「御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。」[黙示録22:1,2]

私たちは人に働き掛けることを本質的に恐れます。
中には「私は絶対に訪問販売など出来ません」と仰る方もおられます。
もちろんこれは傷つけられることへの恐れの影響もあります。
しかし聖書は、私たちが神と繋がっているなら、私たちは人生の実を結ぶことが出来、その葉っぱが人々を癒す働きをするというのです。
ですから葉っぱに焦点を当てず、実がなるというところにも焦点を当てず、神と繋がっているというところに焦点を当て続けることが大切なのです。
そうしたら必ず、定められた時が来たら実を結び、葉っぱが繁り、その葉は人々を癒す働きをします。
この神が予定しておられる事実を黙想のたびごとに再確認します。

⑤人生が失敗することへの恐れ

「彼はいたんだ葦(あし)を折ることもなく、くすぶる燈心(とうしん)を消すこともなく、まことをもって公義をもたらす。」[イザヤ書42:3]

昔、「俺の人生こんなもの」というセリフが流行ったことがありました。
人はだれでも生まれてきた証、生きていた証を残したいと思っているものです。
しかし事態(じたい)はなかなか好転せず、自分自身の回復ははかばかしくなく、事業は成長しないように見えます。
それで人々は痺れを切らして、教会に来なくなり、いつからか12ステップミーティングに参加しなくなり、また仕事に対する熱が冷めてしまいます。
しかし聖書は約束しています。
折れ掛かった葦のような存在である私であっても、消えかかっているような灯心であるあなたであっても、神はそんなあなたを最後までお守りになるのです。
この神の約束を祈りと黙想の時間ごとに思い出し、味わい、にれかむのです。

◎この五つの恐れに対する神の約束を受け入れ、その約束に身を委ねます。
そうしたら今日一日、恐れに打ち勝って生きることが出来ます。
祝福と平安を祈っています。

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