アダルトチルドレンと教会の交わり

[今日のご質問]

ありのパパさん、こんにちは。
40代の主婦です。クリスチャンですが現在教会に行っていません。
ネットでメッセージや賛美を聴いていて、毎日少しですが朝一で御言葉に触れるようにしています。
信仰はあり日々祈りもしていますが、現在教会に行っていない事で悩んでいます。

救いの確信はあります。

問題はおそらくアダルトチルドレンゆえの人間関係の築きにくさだと思っています。
具体的には会話が苦手で疲れてしまします。
これまで教会生活してきた中で疎外感・孤独感を度々感じてきました。
問題は私にあるので私がどうにかすればいいのですが・・・実際、祈りつつ自分を成長させるためにかなり頑張ってきました。
結婚前に洗礼を受けた主人は、私より先に教会から離れましたので、主人に気を遣いつつ何年も通ってました。
しかし主人への気遣いと自分自身の問題からのストレスもあり現在は家で礼拝をしている状況です。

心が平安なので、今はいいかなと思いつつ、ちゃんと礼拝にいかなければという思いもあり、ご相談させていただきました。
教会に行っていない事を主に悔い改めつつ、導きを求めています。
かなりのストレスになる自分自身の問題への葛藤を持ちながらも、主の愛に応えるために教会に行った方がいいんでしょうか。

[ご質問はここまで]

キリンさん、こんにちは。
ご相談を下さり、ありがとうございます。

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①アダルトチルドレンであるゆえに、教会での交わりが苦痛だが、それでもなお自分は教会に行った方がいいのかというご質問ですね。

この問題を考えるときに幾つかの要素を勘案することが大切です。

一つ目は教会の交わりの問題です。
ほとんど交わりがないような教会もありますし、濃厚すぎて息苦しいというような教会もあるようです。
ありのパパが通っていた教会は、教会というよりは集会所と言ったほうがふさわしいほどの交わりが薄いところでした。
属していた当時は何も知りませんでしたから、ただ単純に「もっと深い交わりが欲しい」と思っていました。
しかし今から考えると、その交わりの薄さは考えられた末のものだったかもしれません。
なぜなら交わりが薄ければ、教会員相互のトラブルも起きにくくなりますし、交わりが苦手な人も苦労しなくても済むからです。

二つ目はキリンさんを含む私たちアダルトチルドレンの側の問題です。
ACの12ステップミーティングでは交わりは挨拶程度であり、黙っていたい人は黙ったままです。
ですからACにとってはとても居心地の良い空間であるということが言えます。

三つ目は個人の回復と成長の視点から、この問題を考える必要があるということです。
どういうことかと申しますと、他人と話をするのが苦痛だからと言って、そのままで良いのかということです。
もちろん程度問題であり、死ぬほど苦痛に感じているのならば自分に無理強(むりじ)いしてはなりません。
人は楽に生きて良いのです。人にはそれぞれ好きなように生きていく権利があります。

②しかしそれでもなお「私は成長できるものなら成長していきたい。生きている限り無限の成長に向かって歩みたい」と仰るなら、どのような方法があるでしょうか?

それは人々をありのままに受け入れる(受容)やり方です。
難しいとお感じになるかもしれませんが、何も難しいことはありません。
具体的なやり方は、人が何を言っても相槌(あいづち)を打つだけにします。
これを「はひふへほの法則」と言います。
なぜなら「はぁ~」「ひぇ~」「ふ~ん」「へぇ~」「ほぉ~」と言うだけだからです。
これは良くしゃべる方にとっては苦しい修行のように思えるかもしれません。
しかし人と離すのが苦手な方にとっては、とても良い方法です。

ありのパパはこの方法を用いるようになってから、人と離すのが苦痛でなくなりました。
そりゃそうですよね。何を言われても「はひふへほ」しか喋(しゃべ)らなくて良いんですから(笑)。
なお、その他に「そぉ~」「なるほど~」なども使うと良いでしょう。

③ありのパパならどうするか考えてみました。

a.教会に行く。

但し、交わりが薄そうなところを選んで行く。
そして教会の方とお話するときは挨拶以外には「はひふへほの法則」を用いる。
そうしたら「教会の中でキリンさんが一番良く話を聴いてくれる」と評判になること請け合いです(笑)。

b.アダルトチルドレンのための12ステップミーティングに出席する。

そこでは苦痛に感じるような交わりはありません。
そしてミーティングでは一人一人に発言する機会が与えられます(話したくないときは「パスします」と言います)。
自分の話をするというのは、二人以上でやりとりされる会話に比べれば難易度は下がります。
このような自分の話を何度もしていると、様々な気づきが与えられます。
それが回復と成長の原動力になります。

c.家庭で教会を始めてみる。

ご主人が何を言っても「あら~、いいわね!すてき!」と受容と共感中心の対応を心がけます。
お子さんがおられるなら、お子さんに対しても「そ~か~、そ~か~」と傾聴(けいちょう)中心の対応を心がけます。
そうして、しばらくしますとご家庭が教会になっているのを気づくようになります。

◎どうでしょうか?どうぞキリンさんがご自分で考えてご自分のなすべきことをお決めください。
祝福と平安を祈っています。

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