アダルトチルドレンが言いくるめられないための五つの戦略

ありのパパが人様と話をするときは、人に自分の意見を押しつけないように気を付けてお話をするように心がけています。
詭弁(きべん)を弄(ろう)する養育者との幼い時代からの戦いを経てきたせいか、どうしても自分の意見を強く押しつける傾向が、自分にあることを自覚しているからです。
それとは反対に人に何か言われると、口答えできない人々もおられるようです。
「そりゃ、そうだよね」と思うそうなのです。
ありのパパなどは「なんでやねん?なんでそこで納得するの!」と突っ込みを入れたくなるのですが、これはご本人の生育歴から来るものなのかもしれません。
そこで今日は皆さんとご一緒に、どうしたらアダルトチルドレンが言いくるめられないで済むかを考えてみたいと思います。

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①相手の戦略をあらかじめ見抜いておく

どんな相手の要求に弱いのかをお聞きすると、大体はご自分の養育者が使っていたのと同じパターンを使う人に弱いようです。
たとえば養育者が「子供としてお前がこれをするのは当たり前なんだよ。もし出来ないならお前は生きていてはいけないのだ」というメッセージを使って支配していた場合は、そのお子さんが成人して社会に出ると、「あなたは~すべき」というメッセージを発信する人の要求に屈しやすくなります。
同様に、養育者が泣き落としを使っていれば泣き落としに、脅かしを使っていれば脅かしに、説得を手段として使っていれば説得に、恩を押しつけることによってコントロールしていた場合は恩きせがましい人に弱くなります。

②大切なことは、自分の中身を変えようとしないこと

なぜなら、変わろうとしても変わらないからです。
その努力は徒労(とろう)に終ります。
そうではなくテクニックとしての対応の仕方を変えます。
これによって十分な勝利を得ることが出来るようになります。
あなたが苦手なあの人はどんなアプローチで私をコントロールしようとしているだろうかと、自分自身に聞きます。
そうすると、敵のやり口が透(す)けて見えてきます(笑)。

③受容中心の対応を心がけつつ、決して肯定しないこと

相手の存在を否定した時点で私たちの側の敗北は決定的となります。
なぜならアダルトチルドレンというのは悲しいぐらい「正しい人」が多いのですが、相手にこちらの側の矛盾点をつかれるとぐうの音も出なくなる人が多いようです。
それに対して私たちを責める側の人々は「悪人」と言いますか、はじめから「私なんか矛盾だらけよ。それが何か問題?」と居直っています。
だから、私たちは対応に矛盾がないようにしておかないといけないというわけです。

[便宜(べんぎ)的に「正しい人」とか「悪人」という言葉を使いましたが、もちろんこれは方便に過ぎません。聖書が言う通り、本当に正しい人はいないのですし、またどんな悪人であったとしても悔い改めることが出来る先行的恩寵(おんちょう)が神から与えられています。]

④あらかじめ自分が言うセリフを考えておき、事前に練習しておく

どんな名優も大根役者から出発せざるを得なかったように、私たちもまた口ごもりつつ相手に対抗していくところから始めざるを得ません。
「どんなセリフが良いですかね?」と聞く方もおられますが、これはやはりご自分の内側から出てくる言葉を使うのが最も効果的であると思います。
相手を動かす力のある言葉は、内面が自己一致している人から出てきます。
そうしないと虚(むな)しく響(ひび)き、言葉が空回(からまわ)りします。

⑤世の中には三種類の人がいます

一番目は人に自分の願いを押しつける人であり、二番目は理不尽な要求を押しつけられる人です。
三番目は人に理不尽な願いを押しつけることも、押しつけられることもない人々です。
この文章を読んでおられるあなた様が一番目の人にならず、二番目の人を卒業し、三番目の人となられますようにと祈ります。

◎平安と祝福を祈っています。

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コメント

  1. reiko より:

    自分も心に傷がたくさんついていると思います。
    人を信じることができない、だから神さまも信じきれないといわれ、そうなのか、と思ってはいますが、そこからの歩みができません。

  2. reiko より:

    自己紹介

    通っていた教会は単立で、福音派です。
    聖書のことばになにひとつそれることなく、1つのことに強調をおくこともなく、たいへんきちんとした聖書理解とそれを実行する(めずらしい)教会です。
    ただ、単立なので、他の教派のことはききがじってはいますが、よくわかりません。
    ペンテコステ派のこともよくわかりません。チョーヨンギ先生はその流れでしょうか?
    第三の波というのはよくわかりませんが、それも福音派なのでしょうか?

    教会では内田和彦先生の講演を長いことしていましたし、そのテープおこしをしたので、神学としてはそのあたりに立っています。

    PBAの先生も呼んでいましたし、26年前の開所式はなんと奥山先生が奉仕してくださったようです。(今ではありえないと思いますが)
    ほぼ全員の信徒の心の病に牧師が気づき、その時に牧師がカウンセリングの勉強を始めました。
    田中信生牧師のトータルカウンセリングに通って、信徒にも勧めました。
    私も通ったわけです。
    ですが、カウンセリングは人間としてまともな、健全な罪人という表現はいささか適切ではないかもしれませんが、まず健全でないと福音をいれても機能しないのでjはないかというのが過程にあります。
    自己確立し健全になってから、福音にであえば、心が健全なので機能する。
    もちろん、イエスさまの癒しは心の癒しを一発で直すこともおできになる、それも事実です。

    今の私の願いは、変わりたいんです。
    イエスさまに造りかえていただきたい。
    それが救いまで至らなくても、きよい心に造りかえて欲しいのです。

    私は牧師信仰でした。

    神様が牧師を立てたので、本当にきよく、少しも世の中と妥協しない牧師の信仰、また人格も素晴らしかったので、そこから神さまへと親替えができたらよかった。
    信徒の80%を偽クリスチャンと導かれて、その一人が私で、3人だけの信徒になっても本物の新生した教会へと神様がそうされました。

    罪について語らない教会があふれています。
    実に罪、恵みを語る教会でした。

    そのあたりはおそらく、ありのパパさんとも神学を分けてしまうところですね。
    ありのパパさんはそれでも耳を傾けてくださるように伺えたので、コメントさせていただきました。
    そして、私も自分の信じているところは語っても、他の神学に立っている方を批判したりは絶対にしません

    違いは違いとして受け止めていただけると幸いです。

    • arinopapa より:

      こんにちは、reikoさん。
      自己紹介をしてくださり、感謝をいたします。

      属しておられた教会が福音派であれば、24年間もの信仰歴のある信徒を「救われていない」という理由で除名するというようなことはあり得ません。
      普通に考えれば、福音主義からカルト教会へと変質してしまったのではないかと考えるのが適当ではないかと思います。
      どうぞ、どんな人をもお救いになられるキリストの救いを信仰によって受取り続けていただきたいものです。

      またコメントしてください。お待ちしています。