根っこがないとは、どういうことか?

マタイの福音書13章1節~23節には、イエスが、農夫が蒔(ま)いた種を天国にたとえられた話が書かれてあります。
道ばたに落ちた種、土(つち)が浅い石地(いしじ)に落ちた種、イバラの中に落ちた種、良く耕された土地に蒔かれた種の四種類です。
うまく成長できたのは四番目の種だけであり、残りの種は成長して実をならすことが出来ませんでした。
今日は皆さんとご一緒に、二番目の土(つち)が浅い石地(いしじ)に落ちた種について考えてみたいと思います。

①根っこの果たす役割とは何でしょうか?

それはまず第一に土から栄養を吸収する事です。
当地には、物凄く甘いトマトを生産する農家さんがおられます。
この方のトマトの育て方は独特です。
それはなるべく水をやらないというのです。
そうするとどうなるかと言うと、トマトは「こりゃ、大変だ。根っこから水分を吸収しなくちゃ」ということで、根っこを通して土から水分を得ようとします。
その過程で土の中にある様々な微量栄養素も吸収することになります。
その結果、物凄く甘いトマトが出来上がるのだそうです。

②では信仰の根っことは何でしょうか?

ありのパパは定期的に庭の草抜きをするのですが、雑草でさえ簡単には抜けないように土にしっかりと根っこを張っているのを見ることができます。
土(つち)を人にたとえると、それは生育歴を含んだ私たちの心を現しているのではないでしょうか?
根っこがしっかりと張っている状態とは、私たちの心に植えられた信仰を様々な私たちの心の問題に適用することを指していると考えます。
反対に根っこが張っていない状態とは、信仰と心の問題をリンクすることをせず、別々のものとして取り扱うことを指していると考えられます。
ここで勘違いしていただきたくないのは「信仰者としてふさわしい自分になろうと考え、そのように振る舞う」というのは、ちっとも信仰を心の問題に適用しているとは言えないということです。
これはかえって別々のものとして取り扱うよりも質(たち)が悪いと言わなければなりません。
なぜなら信仰をもっていない場合よりも、心により大きな負担をかけるからです。

③生育歴は一人一人みな違います。

生育歴が一人一人違い、抱えている心の問題も一人一人異なるなら、根っこの形も一人一人みな異なる形となるのは当然のことです。
あなたの信仰はあなたらしい信仰・あなたでなければならない信仰となっているでしょうか?
それとも企画書通りの面白くともなんともない信仰でしょうか?(笑)

④ある人は豊かに刈り取り、ある人はそうでもないのは理由があることでしょうか?

実(み)がなるかどうかは、植物の目に見える地上部分ではなく、目に見えない地下の根っこの働きが大きいようです。
同様に私たちが信仰者として実を結ぶことが出来るかどうかも、目に見える華々しい活動の中にはなく、目に見えない心の中の問題に信仰を適用しているかどうかに掛かっているようです。

〇ある人は「私に問題なんかない。あるとしても大した問題じゃない」と言われるかもしれませんし、ある方は「たとえ問題があったとしても、自分でなんとかします」と言われるでしょう。
しかし、真の信仰は問題を問題としてしっかりと捉え、そこから逃げず、またそれを自力で解決しようとしないことです。
祝福と平安を祈っています。

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