これだけ知ってれば誘惑に惑わされずにすむ三つの秘訣(その3)

今日は皆さんとご一緒に、「世界中の富をやるから、俺(サタン)を拝め!」という誘惑を見ていきたいと思います。
皆さんがサタンからこのような誘惑を受けたとしたらどうでしょうか?
ありのパパなら、これが誘惑であるとさえ気づかないかもしれません。
「よう来てくれた。ありがとう。で、いつくれるの?」(笑)。

〇1%の人々が国の富の90%を独り占めしている国のこと

我が国の人々にとっては、このような誘惑は生きている間には受けることがないかもしれません。
しかしアメリカではそうではありません。
1%の人々が国の富の90%を占有しているのです。
これは残りの10%の富を99%の人々で分け合っているということを意味します。
このことを考えるとき、サタンの「世界中の富をやるから、俺(サタン)を拝め!」という誘惑が聖書の中だけのお話ではないことに気づくのではないでしょうか。
現実にこの誘惑に屈した人々がいるからこそ、世界は富の不均衡(ふきんこう)に苦しんでいると言えるのかもしれません。
(もちろんそれだけが富の不均衡の原因であると言っているわけではありません。)

〇お金を愛さずに、しかもお金から見捨てられない生き方とは?

どんなことでもそうですが、中庸(ちゅうよう)ということは大切です。
お金はありすぎてもいけませんし、なさ過ぎてもいけません。
ではどのくらいあれば良いのかということになりますが、そのような時「あればある程よい。いくらあっても困らないし(笑)」という方もおられると思います。
しかしこのような思考態度は問題です。
何が問題かというと、真に豊かな人生を送るためにはお金のために生きない人生を送る必要がありますが、そのためにこそ沢山(たくさん)働いてお金を貯めなければならないわけです。
しかし、いくらあれば良いのか分からない人は「この額まであれば良い」という明確な目標がありませんから、年齢的に働くことが出来なくなるまで働くことになります。
そのような人に言いたいことがあります。「あなたはいつそのお金を使うのですか?」「いや~、死んで子供に遺産として残そうかと思って」
遺産相続争いで子供に苦しみを与えるだけですよ(笑)。

こうならないためには、生涯を通して必要なお金の総額を計算してみることです。
そのお金を(年金が支給される)65才くらいまでの間に貯蓄する目標を立ててみてはいかがでしょうか?

〇貧乏と清貧の違いとは?

貧しいと穴の空いた服を心ならずも着なければなりませんが、清貧な人はいつもきちんとしていることが出来ます。
貧しいとお金についてのトラブルが起きがちですが、清貧な人は貧しい人々に施(ほどこ)しをなすことが出来ます。
穴の空いた服を着ないですむぐらいにはお金はあった方がいいです。
また貧しい人々に施そうと思った時、施せるだけのお金もあるに越したことはありません。

◎お金の問題は難しくもあり、また微妙な問題でもあります。
しかし私たちはこの問題についてもイエスの模範にならう者でありたいものです。
平安と祝福を祈っています。

スポンサーリンク
スポンサーリンク