自分自身を無視するって、どういうこと?

アダルトチルドレンは決断から行動に至るまでが早いと思います。
なぜそんなことが言えるかと申しますと、ありのパパがそうだからです(笑)。
もちろんそうでないアダルトチルドレンの方もおられると思いますが、そのような方も読んでいただけると幸いです。

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①なぜ決断と行動が早いのか?それは自分自身と相談しないから

アダルトチルドレンがなぜ自分自身と相談しないかというと、自分自身などという存在にすら気づいていないので、相談しようが無いわけです(笑)。
ではなぜ自分自身という存在に気づいていないかというと、それには様々な理由があります。
その一つに幼年期からの家庭環境において自分を抑圧しないと生きていけなかったということがあります。
要するに生き延びるためには我が儘(わがまま)を言う贅沢は許されなかったということです。
問題は成人してからは我が儘を言っても許される環境になっているにもかかわらず、小さい時に取得した「生き方」をそのまま実践しているというところにあります。

○では自分自身と相談しないで物事を始めてしまうと、どのような副作用があるかを見ていきたいと思います。

②息切れするのも早い

「自分」と「自分自身」という関係はドライバーと自動車の関係に例えることが出来ます。
ドライバーは運転を始める前に、ガソリンは十分あるか、バッテリーはどうか、タイヤはすり減っていないかなどを点検します。
そうして異常がないことを確認してから運転を始めます。
もしそれがガソリンは少ししか入っていないし、バッテリーも干上がる寸前の状態で運転を始めたとしたらどうなるでしょうか?
そうです。途中で息切れしてしまうことになります。

③まわりが動揺すると、それに影響され、自分も不安になる

何かをやり遂げようとする時、必ず孤独になることを覚悟しておかなければなりません。
そうであるのに自分自身と相談しないで物事を始めてしまうと、確信が自分の中にありませんから、まわりが物凄く気になります。
うまくいっている時はまだ良いのですが、行き詰まったり、トラブルが起きたりすると、このタイプの人は弱いです。

④同じことをやっているはずなのに、段々と喜びがなくなってくる

何でもそうですが自分は好きだと思って始めたのだが、いざやり始めてみると実はそうでも無いことに気づくということは良くあることです。
この場合、好きだと思ったのは「自分」であり、好きでもなかったのは「自分自身」ということになります。
自分と自分自身の関係が良好であると、ツーカーですから自分自身の心の変化に素早く気づくことが出来ます。
それが自分自身を抑圧していると、自分自身はもうイヤでイヤで仕方なくなっているにもかかわらず、それに気づくことができず、体に異変が起きてしまうということもあります。

⑤そうならないためには、事前に自分自身とよく相談しておくこと

自分自身との関係を良好に保つことを「自己一致」と言います。
あなたはご自分自身と自己一致しておられるでしょうか?
なかには、まず自分自身という存在に気づくことから始める必要がある人もおられるでしょう。
ありのパパがそうでした。
しかし初めは「のれんに腕押し」状態であっても、じきに反応があらわれます。
「あぁ、自分の中にも自分自身がいたんだ」ということを発見できるようになります。

◎自分自身の本音を知って、神の御心を知って、そうしてから物事を始めるなら、どんなことであっても必ずうまくいきます。

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コメント

  1. かたまり より:

    ありのパパさん、こんにちは。かたまりです。
    私も決断がはやく、とても衝動的で後で後悔することたくさんあります。
    自分自身と相談することをはじめていますが、無視する生き方をずっと続けてきたので、無視する生き方のほうが楽なところもあります。
    何も考えなくてよいので。。
    ただ、息苦しくなってくるのも事実です。
    自己一致のためにも神様の助けが必要だなぁってつくづく思います。
    とても無力です。
    自分自身の本音を知るのも大変ですし、まして神の御心を知る、っていうととても遠大なことのように感じてしまいます。
    神様に助けてほしいって心から思います。

    • arinopapa より:

      こんにちは、かたまりさん。
      コメントをありがとうございます。

      この記事は私自身のことを書いたものですが、他のアダルトチルドレンの方のお気持ちでもあるのではないかと思います。
      自分自身を無視する生き方はいつかは行き詰まります。
      なぜなら、それは我慢比べみたいなものだからです。
      いつかは自分自身が音をあげるというか、悲鳴を上げるときがやって来ます。
      問題はその時に、なお頑張ってしまい、精神的・肉体的病や、社会的不適応を起こしてしまうことです。
      そうならないように自分自身を気づかいたいものです

      自分自身の本音は、コアの部分においては「ありのままを受け入れられること」であり、これが状況によって投影され変化します。
      しかしコアの部分を知っていると、対応を誤ることが少なくなります。
      神の御心は「自分自身をありのままに愛し、隣人をありのままに愛すること」です。
      これも状況によって、私たちの側の対応は変化しますが、いつでも神の御心の一番根本の部分をわきまえることによって正しく行動できると思います。

      またコメントしてください。お待ちしています。