預言はすたれたか?異言はやんだか?

福音派教会では「聖書(Ⅰコリント13章)に『預言はすたれ異言はやむ』とあるように、今の時代には聖書が私たちに与えられているから預言や異言は必要ない」と言われてきました。
果してその通りでしょうか?
今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えてみたいと思います。

①旧約聖書にはエリヤやエリシャなどの預言者が行った預言が記されています。

それらを読むと神の御心は明確に一つであるのですが、その御心を状況に応じて相当自由に適用しているのを見ることができます(ありのパパの個人的見解です)。
一般的な理解ですと、祈っていると突然みこころが示され、その示された御心を一字一句そのまま人々に伝えるのが預言であると思いがちです。
しかし聖書を見るとそうではないことがわかります。
コアになる部分を示されて、預言者は目前の状況に応じてその御心を適用しています。
これは現代において私たちが「説教」と呼ぶものと変わるところがありません。

②福音派教会は教会における預言というものの位置づけを誤っているように思えます。

福音派教会は聖霊の主権的な働きを嫌う傾向があるように見受けられます。
それで聖書の教えの中から自分たちが危険であると感じる異言や預言を無いものとして扱うということをします。
しかし聖書を丹念に学んでいくなら、預言が単に神がかりとなって神からの託宣(たくせん:神が人にのりうつり、また夢などにあらわれて、その意思を告げ知らせること。[広辞苑第四版])ではないことを明確に理解することが出来ます。
聖書が教えている預言とは、神の御心を伝え、教えさとすことです。
これは今日における説教と、本質において同一のものであると言えます。

③預言には聖書から行われる説教という要素が含まれています。

ですから、もし預言がこの時代において廃(すた)れたとするなら教会から説教が失われることになります。
当然のことながら説教がなくなったという教会は一つもありません。
ということは預言は廃れてないということになります。

④聖霊派教会に見られる「預言者運動」についてはどうか?

まず第一に問題となるのは、彼ら自称預言者が行っている預言が本当に神からのものかどうかということです。
本当の預言であるなら、その預言が外れることはあり得ません。
聖書には預言が外れた預言者は死ななければならないと書いてあります。
この聖書箇所について「預言者運動」の当事者たちは「旧約の時代と現代における預言は違うものである」と言っています。
これは詭弁であると、ありのパパは思います。
なぜなら新約聖書にも預言者が出てきますが、その預言者たちが行った預言はみな当たっているのです。
たとえば大飢饉が起きること、大迫害が起きることなどです。
これは言い伝えですが、西暦70年にエルサレムがローマ軍によって陥落しますが、預言者たちの預言によってエルサレム教会のクリスチャンたちは事前に集団移住を行い、難を逃れたとのことです。

それに比べると預言者運動の人たちがする預言は当たっている預言を探す方が難しいぐらいです。
批判を避けるためか元々抽象的な表現がされている「預言」が多いのですが、それでもなお「これは当たっている」と言えるものはないと感じました。
結論として「預言者運動」と呼ばれるものは聖書的ではないし、その預言が神から来ているということも言えないと考えます。

⑤健全な聖書的理解に立つ預言には三つの要素があります。

a.未来に起きることをあらかじめ神に示されて民に伝える。

b.神の御心に従うように勧める。

c.聖書全体の教えを解きあかす。

◎預言の健全な聖書的な位置づけを学び、預言の働きを行っていきたいものです。

“預言はすたれたか?異言はやんだか?” への6件の返信

  1. はじめまして、いつも、拝見させていただいおります。
    よく分かるように解説してくださって本当に参考になり感謝しております。
    特に預言の賜物をするグループをよく知っていますが、非常に疑問に思っていました。
    私もありパパさんの見解は同感です。

    私はもともとはリバラルな長老会系の教会で受洗し、20年間いましたが、韓国系の教会で縛りがきつく強制的なものがあり、今は単立の名もないペンテコステ系の家の教会に属しており非常に恵まれております。
    私は派閥争いはしたくないのですが、以前の教会でかなり騙されておりましたので、ただお一人の真実の神様だけを仰ぎ、神様に喜ばれるように御言葉通りに生きたいだけのものです。

    よろしくおねがいします。

  2. adamⅢさん、こんにちは。

    自己紹介をしてくださり、ありがとうございます。
    adamⅢさんの信仰の背景が良く分かりました。

    「霊と真」についての私なりのお答えを書いておきましたので、よろしければお読みください。

  3. ありのパパさん、はじめまして。
    私は、単立の福音派教会に所属する、入信8年のペンギンと申します。
    最近、ありのパパさんのブログに巡り会い、それ以来毎日読ませていただいています。

    所属している教会は、聖書をそのまま事実としている教会で、公ではないですが異言の賜物をいただく兄弟姉妹が増え、預言の賜物をいただいている姉妹もいて牧師に伝えていると聞いています。
    牧師に異言の賜物がないことを他教会の牧師から指摘されたことがあるようです。
    私たちも公には話さず、異言の賜物については牧師に聞くことを控えているので、ありのパパさんには感謝しています。
    私自身は救いの確信はあり、聖霊のバプテスマを受けたと感じていますが確信ではなく、まだ異言もありません。
    人格的な交わりの必要を感じ求めていますが、何か妨げるものが内側にあると感じ、棚下ろしを始めました。
     
    姉妹が四国で伝道しているのですが、悪霊の力が強く、妨げに苦しんでいます。
    また、本音と建て前の人間関係にも苦労しています。
    その姉妹は、異言の賜物があっても、用いていないようです。
    メールで祈りの要請が、私を含め姉妹たちに送られて来ますし、教会の祈り会でも祈っています。
    私自身は異言の賜物がなく必要性を話しても、受け入れてはもらえません。
    姉妹は、四国で聖霊に満ちた教会を見つけて礼拝を守っていますが、伝道しない無牧教会だそうで、悪霊の力が強いので信仰を守ることだけで大変なことだそうです。
    姉妹は常識的で愛のある教会に1年いましたが聖霊の臨在が感じられなくて礼拝が辛いと、今の教会に通っています。
    姉妹によると、四国の牧師は倒されるか眠らされてるのではないかといいます。
     
    賜物のある姉妹から聞くと、異言の祈りと賛美はサタンに妨げられることがないとか。
    いつも主から直接四国の姉妹に語られるので、祈っていましたが2年になります。
    またいつも、倒れそうとメールが来ますが、その度に悔い改めて、主とのパイプが詰まっていたのが開通したなど、何とかもってくれています。
    姉妹以外にも、異言の賜物のある姉妹からの勧めでも受け入れ難い姉妹が、若い人以外に多くおられます。

    四国で戦っている姉妹のために、異言の賜物を用いる必要について、個人的な勧めをお願いします。

  4. こんにちは、ペンギンさん。
    初めてのコメントをありがとうございます。

    当ブログを毎日のようにお読みくださっているとのこと。
    ありがとうございます。感謝に堪えません。

    さて、「四国で戦っている姉妹のために、異言の賜物を用いる必要について、個人的な勧めをお願いします」とのことについてです。
    信仰者にとって一番大切なことは言うまでもなく人格的な成熟です。
    人格に未熟な部分があると、そこがサタンにつけ込まれる弱点になりやすいです。
    しかし人格的成熟というものは一朝一夕(いっちょういっせき)ではいかないものであり、相当長期的なスパンで見る必要があります。
    ではどうすれば良いかということになるわけですが、異言で祈る賜物を活用して神様との人格的交わりを通して、常に「言い難きうめき」をもって祈ることが大切な助けになります。

    またそれだけでなく、自分の無力を認めることも大切なことです。
    クリスチャンが悲鳴を上げているとき、良く聞いてみると本音は「こんなはずじゃない。もっと私は出来るはずだ!」という自己過信が悲鳴を上げているのに過ぎない場合もあります。
    自分が無力だと最初から分かっていれば、どんな困難に遭遇してみっともない自分をさらしたとしても、「何にも不思議なことはない、そんなことは当たり前のことである。なぜなら自分はそのような者であるのだから」と納得することが出来ます。

    しっかりと自分の無力を認めることができたら、今度は「神様にならこんな自分をお助けになることが出来ると信じる信仰」をもつことが出来ます。
    さらに「自分の意思と生き方を神様のみこころに従わせることを決心」し、その決心を日々の生活の中で実践していきます。
    ここまでが三つのステップになります。

    四番目のステップはペンギンさんもなさっておられる棚卸になります。
    その姉妹の言葉で言えば「神様と私のパイプが詰まっていた」のは、自分の中にあるどんな短所が原因なのかを棚卸によって知ることです。
    そして自分の短所が何かを知れば、神様にその短所を取り除いてくださいと祈ることが出来ます。
    そうしたら神様はその祈りに答えて、短所を取り除いてくださり、短所に替えて神の平安・喜びを心に満たしてくださるようになります。

    どうぞこのことをお友達の姉妹の方に申し上げてください。
    平安と祝福を祈っています。

  5.  ありのパパさん、早々のお返事ありがとうございます。
     教えていただいたことを早速、姉妹に勧めて主に取り扱っていただけるように、共に励まし合って実践していきます。
     姉妹もきっと、ありのパパさんのブログの読者になると思いますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

  6. おはようございます、ペンギンさん。
    コメントをありがとうございます。

    こちらこそよろしくお願いします。
    またコメントしてください。お待ちしています。

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