SUCCESSの法則(その2)

今日は「SUCCESSの法則」の二回目です。
これは経済評論家として有名な勝間和代さんがasahi.comに連載しておられるコラムに載っていたものです。
詳しいことは是非、勝間さんのコラムをご覧ください。

⑤感情に訴えるか(Emotional)

感情に訴えるとは表層的な興奮を煽(あお)るということでは勿論(もちろん)ありません。
そうではなく人格的存在としての私たちの間に感情交流があるということです。
感情交流とは、怒ったり、笑ったり、泣いたりすることを含みますが、それだけではなく自分の存在がまるごと受け入れられているというところから来る温かな人格的交わりがあるということを指しています。

私たちの間に人格的交流があると、言葉は静かであっても相手の感情に訴えることが出来ます。
ですから感情に訴えようとするのなら、まず人格的交流を心がけることです。

⑥物語性があるか(Story)

ごく単純な例話から人々は真理を体得するものです。
イエスもそうされました。
ありのパパが信仰に入ったばかりのときの疑問は、なぜ聖書は神学書のように論理的に書かれていないのだろうかというものでした。
何を言っているのか良く分からない例え話があるかと思えば、信仰の実践的を話をしたかと思えば、今度は哲学的な話に急に飛ぶというような感じで、聖書を理解するのに難儀しました。
今から思えば、ありのパパの信仰は現実から遊離したオママゴトのような信仰でした。
しかしイエスは信仰をオママゴトとしている人々にではなく、助けを今必要としている人々に語られました。

現代の私たちにとって物語とは何を指しているでしょうか?
昔話をする必要は全然ありません。
イエスの真理を人々に伝えるための物語は、私たちの物語であり、あなたの物語です。
そうです。自分の人生の中でイエスがしてくださったことを率直に人々に語れば良いのです。
ただ一つ気を付けなければならないことがあります。
それはくどいのは禁物であるということです(笑)。
物語を語って、人々が「これはどういう意味だろうか?」と思うところで止めておくのが秘訣です。

⑦霊的であるか(Spiritual)

七番目の項目だけは、ありのパパのオリジナルです。
勝間さんが紹介されておられた法則は全部で六つでした。
七は完全数ですので、あと一つ何かあるはずだと考え、ありのパパが付け加えました。

人が人であるのは、人が霊をもっている存在であるからです。
霊とは何かという問いに答えるのは大変難しいことです。
しかし言葉で答えるのは難しくても、全ての人が自分のうちに霊を持っていることを自覚しています。
霊性の伴わない幸せはalmost(ほとんど)な状態であり「なお一つを欠く」という状態です。
「画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く」と申し上げても良いかもしれません。
画竜点睛とは、竜の絵を描いていたところ竜の目のひとみを描くと、本物の竜となって天に昇って行ったという故事です。

私たちは自分たちが霊的な存在であることを自覚したとき、全てのものが回り始めます。
自覚するまでは設計図どおりのダムを工事していても、雨が降らない空っぽのダムでしかない私たちの心が、霊的な存在であることを自覚するとき、心のダムに恵みの雨が降り、心(のダム)は満たされます。

◎私たちの伝えるものが真理であっても、人の心を打たないなら人々の心に届くことはありません。
私たちクリスチャンは本当の宝物を与えられているのですから、人々に感動をもって福音を届けたいものです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク