離婚について聖書は何と教えているか

マタイの福音書19章3~12節には当時の宗教指導者であったパリサイ人とイエスが離婚について議論をしておられることが記されています。

①聖書は離婚の問題においては婦人の側に立っています。

イエスもそうであられました。
しかしパリサイ人は婦人を抑圧する側に立っていました。
しかもその抑圧の道具に本来の意味をねじ曲げて聖書を利用していました。
それでイエスはパリサイ人の聖書の引用法の間違いを正され、正しい聖書の釈義を示されました。

②聖書の間違った引用は、人の心の貪欲によってもたらされます。

パリサイ人はモーセが律法の中で妻に離婚状を渡せば離婚が成立すると教えていることを理由にして婦人を(一方的に)離婚することを正当化しました。
しかしイエスはモーセが離婚状をもって離婚するように教えているのは、夫による一方的な離婚を防ぐためであるのが真意であることを明らかにされた上で、夫の側の一方的な都合による離婚は姦淫と同じ重さの罪であると教えられました。
姦淫の刑罰は石打ちの刑ですから死刑ということになります。
要するにイエスは、夫の側の一方的な理由で妻を離婚すると死刑になりますよと言っておられるのです。

③イエスの弟子たちもまたパリサイ人と同じく離婚については「上から目線」ならぬ「男から目線」でした。

そのイエスの言葉を聞いて反発して声を上げたのは、パリサイ人ではなくイエスの弟子たちでした。
その場所にパリサイ人がいたにもかかわらず「そんなことなら結婚しない方がましです」と弟子たちは言いました。
多分パリサイ人たちはこのありさまを見て心の中で「しめしめ。仲違(なかたが)いが始まった」と思ったことでしょう。
弟子団の中には婦人たちも含まれていたにもかかわらず、男性の弟子たちは自分たちの偏見を偏見とも感じていないのでした。
だからこそ堂々とイエスに食ってかかったのです。

④離婚しようとすると法律的・経済的・社会的に女性が圧倒的に不利になるのが現状です。

現代では婦人の地位が大分向上しました。
しかし相変わらず婦人の社会的立場は女性にとって優しくありません。
憲法上は男女平等ということになっていますが、いざ女性が離婚して一人立ちしようとすると実際は少しも男女平等でない現実を思い知らされることになります。

⑤離婚後の不利な経済状況を考慮して不本意な結婚生活を続けている婦人が多くおられます。

離婚しようとする女性が職業を持っているならまだましですが、無職であるなら離婚後の経済状況は大変厳しいことを覚悟しなければならなくなります。
子供の養育費の負担を約束した上で離婚した場合でも、約束どおり養育費の支払いを続ける元夫は圧倒的な少数です。
多くの元夫たちは支払いを渋るか、中には身をくらます人さえいます。
法律的には養育費の支払いをしなくても処罰の対象にならないため、元妻側は泣き寝入りせざるを得ないのが現状です。

⑥経済的に困窮しないために、結婚によってキャリアを絶対に中断させないことです。

結婚退職などはあり得ない選択であると考えなければなりません。
昔は企業が結婚した女性に退職を迫るなどという人権侵害が平気で行われていました。
しかし現在ではそんなことをすれば会社は裁判に訴えられ不利益を被ってしまいます。
また「結婚したら仕事を辞めて家の中に入ってほしい」と言う人とは結婚しないことです。

⑦人間とは変わりやすい存在であるのですから、それを考慮に入れておく必要があります。

あなたの夫がイエス様でない限り、今は優しい夫がいつ豹変(ひょうへん)しないとも限りません。
最悪、あなたの夫が暴力を振るったり、収入を家にいれなくなったとしても、あなたが職に就いていればあなたは夫から離れて自立することが可能です。
多くのDV(配偶者への暴力)や児童虐待は、妻が経済的自立の手段を持たないため泣き寝入りすることによって起きていると言われます。

◎イスラム教原理主義が支配する国では婦人は依然として奴隷的な抑圧状況に置かれています。
私たちの国では建前上は男女平等ですが、いざ女性が自立しようとすると圧倒的に女性に不利な状況があります。
私たちクリスチャンはイエスが指し示された方向に向かって社会を改革していく使命があります。

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コメント

  1. 紅すずめ より:

    arinopapa様

    癇癪持ちについて検索してこのサイトにたどり着き、いろいろな記事を拝見してきました。
    私は福音派系のアメリカ人宣教師の下で洗礼を受けて37年、未信者の夫と暮らして32年、二人の子供も成人しています。
    夫の海外勤務に帯同し、移動がいつも念頭にあり、いわゆる専業主婦を続けてきました。
    現在も海外にいます。
    夫は、私と暮らして面白くないのだそうです。
    「未信者の方が離れていく時は、そのままにせよ、」と聖書には書いてあると思います。
    離婚すれば、経済的に大変なことは目にみえています。
    が、本当に長いこと、夫婦間の気持ちのズレを抱えてきました。
    それでも、カナの奇跡のように、いつかこの結婚が上質なワインになる奇跡をずっと願っています。
    でも、何かを見落としているような気もするのです。 
    いかがでしょうか。  

    すずめ

    • arinopapa より:

      すずめさん、こんにちは。
      初めてのコメントをありがとうございます。

      「でも、何かを見落としているような気もするのです」とおっしゃるお言葉の中に、すずめさんのお気持ちが現(あらわ)されているように感じました。
      これ以上は個人的なことになりますので、私の方で書き込むことは控えさせていただきます。
      よろしければメールか、お電話を下さい。

      これからもよろしくお願いします。
      またコメントしてください。お待ちしています。

  2. 紅すずめ より:

    多分かなり個人的なことであろう部分をご配慮いただき、ありがとうございます。
    後日、クリスマス、年末年始というような時期を過ぎてから、メールさせていただきます。

    幼子の形でこの世に来られた主は、いつか「御心のままに」と十字架をお受けになることを、神の部分ではご存知だったのではないでしょうか。 それでも、粗末な馬小屋ですやすやとお眠りになっているところが、神々しいと思うのです。 クリスマスの間は、そんなことを考えていたいと思います。

    よいクリスマスをお迎えください。

    • arinopapa より:

      紅すずめさん、こんにちは。
      コメントをありがとうございます。

      了解しました。年明けのメールをお待ちしています。
      良いクリスマスと年末年始をお過ごしください。

      またコメントしてください。お待ちしています。