罪を赦す権威を持っていることを示すために癒しの業を行われたイエス

「中風の男の癒し」として有名な聖書個所を見ます。
中風とは現代の言葉で言えば「脳出血後に残る麻痺状態」を指します。

1.中風の男の癒しの背景

イエスはこの男の人がどのような生活をした結果、中風になったのかを見抜いておられたのかもしれません。
または病気になったことにより家族に申し訳ないとの思いで一杯になり罪悪感に苦しめられていたのかもしれません。

それでイエスは「さあ、勇気を出しなさい。あなたの罪は赦されました」と言ってくださいました。
イエスは現代の福音派教会のように「病の癒しより罪の赦しが大切です」などとは決して言われませんでした。
なぜでしょうか?
それはイエスが持っておられた愛のゆえに人々のニーズを満たさないではおれなかったからです。

2.イエスのお心と律法学者の心の中は正反対

イエスと正反対のところにいたのが律法学者でした。
律法学者の頭の中にあったのは神学的合理性のみでした。
これも勿論大切なことですが、愛が伴わないなら死せる正統主義となります。

イエスが中風の男の精神的必要のために、まず罪の赦しを宣言なされたことに対して律法学者たちは間髪入れずに心の中で反発しました。

イエスにとっては病を癒すことなどは御茶の子さいさいでした。
なんと言っても神様ですから!

ただし神が罪を赦すのと人間が罪の赦しを宣言するのとは厳密に言えば違うことです。
律法学者にはこの違いが分からなかったのでイエスが罪を赦したのを単なる宣言だと思ってイエスを裁いたのです。

3.赦しの権威を持っていることを証明するために癒しの業をなされた

イエスにとって癒しの業を行う理由は少なくとも二つありました。
一つはご自身の愛のゆえに人々のニーズをお満たしになったということです。

もう一つはご自分が罪を赦す権威を持っておられることを人々に知らせるためです。
人々がイエスの癒しの業を見るとき確かにこれは神の御業であると納得せざるを得なくなります。
そうするとこの御方が罪の赦しを宣言なされるならそれは確かに天においても罪が赦されているのであると人々は確信するようになるのです。

4.近代・現代教会における癒しの教理的位置づけ

癒しを単なる奇蹟の現れとして捉えるレベルから福音理解に結びつけて考えるようになったのはA.B.シンプソンでした(シンプソン博士はアライアンス教会の創設者として有名です)。

シンプソンは「キリストは救い主・潔め主・癒し主・再臨主」と教えました。
これにインスピレーションを得たのがホーリネス教会創設者の中田重治でした。
中田重治は「四重(しじゅう)の福音」として教えました。
この四重の福音に祝福をプラスして五重の福音として教えたのが韓国のチョー・ヨンギ先生です。

5.聖霊派教会は癒しの業と赦しを結びつけることに失敗している

聖霊派教会では癒しが強調されます。
イエスが十字架に掛かられたことにより実現された福音の内容は「救い・聖潔・癒し・祝福・再臨」であると信じるからです。
これはもちろん聖書から導き出された教えです。

しかしイエスは愛のゆえに人々のニーズを満たすため、また罪の赦しの権威を持っていることを人々に知らせるために癒しの業を行われました。

私たちが人々のために癒しを祈るときはニーズを満たすためという理由がほとんどではないでしょうか。
果して私たちはイエスが罪の赦しの権威を持っていることを人々に知らせるために癒しのために祈っているでしょうか?
ありのパパには残念ながらそのような経験がありません。
いつも人々のニーズを見たそうして祈るばかりでした。
これからはイエスが罪を赦す権威を持っていることを人々に知らせるために病の癒しを祈っていきたいと思います。

◎平安と祝福を祈っています。

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