自分自身の精神的必要は何かを知る

①自分自身の性格的特徴を受け入れているか?

消極的な自分の性格を受け入れていない人は、漠然とした不安感に悩むことになります。
なぜかと言うと「消極的な自分であってはいけない」と感じているからです。
それで「こんな自分であってはいけない」と思い、不安感を持つわけです。
このような人々が、まずなすべきことは自分自身の性格を神から与えられたものとして感謝を献げることです。
次になすべきことは、今まで消極的だと受け止めていた自分の性格を捉え直すことです。
捉え直しとは「消極的」を「慎重である」とか「洞察力に優れている」と受け止め方を変えることです。
「そんな嘘くさいことできません」と言われるかもしれません。
しかし初め嘘くさく感じても、やっていると段々馴れてきて「これが本当の自分かもしれない」と感じるようになってきます。

②なりたい自分を演じるとどうなるか?

ありのパパは自分から人の輪の中に入っていけない性格の持ち主です。
パーティーなどがあるとき、他の人は総当たり作戦のように全ての人に挨拶をしているのですが、とてもではありませんが、そんなまねはありのパパには出来ません。
もちろん演技であれば出来ます。しかし演技だと期待するような成果が上がらないのです。
どういうことかと言うと、名詞交換を楽しんでやっている人は人脈が自然に出来るのですが、演技で名詞交換をやっても、それはただ名詞を配っているだけであり、いくら名詞を配っても人脈を作ることに繋がらないということです。

③神から与えられた自分の性格を活かすことを考える。

それであるときから自分に徹することにしました。
自分から人の輪の中に入っていけないのだから、無理して入っていこうとせず、自分の席にじっとしていることにしました。
そうすると心の中で不安の波が押し寄せて来ます。
自分だけが取り残されているような感じです。
しかし心の中で「私はありのままで良い。ありのままで生きていて良い」と唱えました。
そうすると不思議なことが起きました。
問題を抱えて誰かに話を聴いてもらいたい人が、ぽつんと一人で座っているありのパパのところに次々とやって来るのです。
一対一の関係ですと緊張しませんので、じっくりとお話をお伺いすることが出来ました。
これが今から考えると、ありのパパのターニングポイントになったと思います。

④弱さに徹するとは?

少なくない人々がこのように言います。
「私はありのパパさんのように強くないので、そう思っても行動に移すことが出来ません。」
しかしありのパパが性格的に強いから、このように振る舞うことが出来るのではないのです。
かえって強くなれないことを悟ったゆえに、では弱いままでどのように生きていけば良いのかを考えた結果です。
多くの人々は、強くなりたい、変化した自分になりたいと願います。
しかし中々そうなれない自分にいらだちを感じ、ストレスを貯めています。

弱さに徹するとは、成りきることです。
成りきるとは、弱い自分のままで生きていこうと決心し、そこから逃げないことです。
そうするなら必ず道は開けていきます。

⑤あなたの精神的必要は何ですか?

「自分自身」の精神的必要は何かをくみ取って、それを満たしてあげるのが「自分」の役割です。
言ってみれば、「自分」は「自分自身」の良きマネジャーである必要があるということです。
精神的必要は皆ちがいます。
あなたの必要は、自分自身を受容することでしょうか?
それともどうすれば自分自身を活かす道を行くことが出来るかを考えることでしょうか?

◎自分の人生の歯車が前に進まないと感じておられるようなら、まず自分自身の必要は何かというところに焦点を当ててみることです。
そうするなら必ず、人生の歯車が回り始めるようになります。
祝福を祈っています。

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