映画『私の中のあなた』を見て考える尊厳死、強迫的癒しの信仰のこと

今日は映画「私の中のあなた」のご紹介です。

①あらすじ(ネタバレを含みます)

物語は幼くして白血病になった姉への臓器提供を拒んだ妹を軸として進んでいきます。
実はこの妹は姉に臓器を提供するために臓器適合率百%になるように遺伝子操作をして生れてきた子供だったのです。
それだけに妹にとって姉に臓器を提供することは避けることの出来ないものでした。
しかし臓器を提供した者の後半生は不自由な生活を余儀なくされることを知った妹は弁護士を雇って臓器提供拒否の裁判を起こします。

ここまでが前半のストーリーですが後半にどんでん返しが起こります。
それは実は姉自身が医療の継続を拒否していたのでした。
しかし母親がそれを絶対に認めないだろうことを察して別の確実な方法を選んだのでした。
それが妹に臓器提供を拒否するようにお願いするということでした。

後半からは尊厳死という極めて重いテーマを扱うことになります。
しかし前半で家族同士の絆や愛というものを十分に感じることができていますので重苦しさを感じることなく見ることができます。

②尊厳死のこと

かつて我が国ではキリスト教会も協力して「尊厳死」を認める運動が展開されました。
しかし「安楽死」という尊厳死とは似て非なるものが我が国に拡がってしまいました。
我が国の医療現場ではガン末期などにおいて患者の人権(クォリティーオブライフ)を無視して助からないことが分かっているのにいたずらに治療や手術が行われるという実態がありました。
苦痛を軽減するための治療は施されず地獄の苦しみを経験しなければならないということも普通にありました。
これの原因は医師が患者の病気は見えるが、患者が人間であるということが分からないというところにありました。
現在では痛みをコントロールすることは病気の治療上も大切なことであるとの認識が広まりつつあります。

尊厳死とは治らないことが分かっているなら無駄な治療を施すようなことをせず、痛みのコントロールを上手にしながら人間として尊厳のある最期を迎えるという概念です。

これに対して安楽死とは治療すれば治る可能性があるにもかかわらず、病気から来る痛みなどのために治療を放棄して死を選ぶことを指しています。
痛みのコントロールがきちんとなされている時、患者が死を望むことはないとも言われます。

③尊厳死と安楽死の境界線

この二つのものは概念上は全く異なるものですが実際にはその境目は曖昧です。
なぜかと言いますと治らないことが分かっていると言うのはあくまでも人間の判断です。
絶対に治る可能性がないかと言うと、そうは言いきれないところもあります。
実際に末期がんの患者のうち1%の人々は奇跡的な癒しを経験しているという調査もあるようです。
また医師の側で治る見込みがないと判断しても患者の側ではあくまでも治療を続行してほしいと願う場合もあります。

このケースが今日ご紹介している「私の中のあなた」に登場する母親です。
患者本人は「私は十分に生きた。人生はどれだけ生きたかという時間の長さではなく、どれだけ満足のある人生を生きたかだ」と言います。
そしてその証として写真のアルバムを母親に見せます。
「ほら、こんなに豊かに充実した人生だったでしょ?だからもう悔いはないの。先に逝くけどごめんね。でも向こうで待ってる」と愛をもって母親を諭すのです。
この時はじめて母親は現実を受容し、娘の死を受け入れます。

④尊厳死だけに焦点を当てずに現実を見よ

それは現実の社会では高い医療費が原因で十分な治療を受けることが出来ずに死んでいく人たちが多くいます。
そのような現実にスポットライトを当てずに尊厳死という高尚なテーマを扱うことには違和感を覚えます。

⑤強迫的な癒しの信仰が人を傷つける

死を受容している本人と家族のところに癒しの奇蹟を信じる人々(多分キリスト教の人々)が訪問します。
その人々は善良な人々なのですが、彼らがガン末期で奇跡的に癒された人の話をすればするほど家族の顔は暗くなっていくのです。
そして患者本人はニコニコと「良い話を聴かせてくれて、ありがとう」と言います。

これではどちらが受容しているのか分かりません。
この奇跡的な癒しを信じる人々は癒しを信じてはいるが人生における神の主権を信じていないという致命的な信仰上の欠陥を抱えています。

病気は治ることもあれば治らないこともあるのです。
それは神がご自身の主権を持ってお決めになられることであり、それゆえに「全てのことは善い」のです。
信仰とは神の主権を受け入れることにほかなりません。
そんなことも教えてくれる映画でした。

ありのパパはいつものように近所のTSUTAYAで一週間八十円でレンタルしました。
どうぞ皆さんもこの映画をご覧になってください。

回復と平安を祈っています。

“映画『私の中のあなた』を見て考える尊厳死、強迫的癒しの信仰のこと” への4件の返信

  1. ありのパパさま
    おはようございます。
    『私の中のあなた』私も見ました。
    弁護士とか判事とか長男などを含む主な登場人物が、
    辛さやハンディなどを抱え込んでいるんですよね。
    そこらへんが描かれて奥行きがあったと思いました。

    因みに原作の小説のほうは結末が全く違うんだそうです。

  2. 謙虚になりたいさん、こんにちは。
    コメントをありがとうございます。

    原作の小説の方の結末はどうなったんですか?
    でもまぁ、小説と映画は別物という気もしますが(笑)。

    またコメントしてください。お待ちしています。

  3. ネタバレのお叱りを覚悟で書きますと・・・ネット情報なんですが・・・

    妹が裁判に勝って弁護士の車で走っている際に事故に遭遇し、脳死状態となり

    結果臓器を姉に提供した・・・ということらしいです。

  4. 謙虚になりたいさん、こんにちは。
    教えてくださり、ありがとうございました。

    そうですか。それではやはり映画の方が良いです(笑)。
    小説のままだと、運命論や宿命論がテーマの映画になってしまいますからね。

    またコメントしてください。お待ちしています。

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