障害に対する神の御心

お弟子たちは障害を持っている人を見て、イエスに「この人が障害を持っているのは、この人が罪を犯したせいですか?それとも両親が罪を犯したせいですか?」と聞きました。
それに対してイエスは「この人が障害を持っているのは、この人が罪を犯したせいでもなく、この人の両親が罪を犯したからでもありません。却ってこの人を通して神の栄光が現れるためです」とお答えになりました。

1.障害への間違った理解

①障害は何らかの因果応報か?

イエスの弟子たちは未信者が持っているような[因果応報(いんがおうほう)]の理解を持っていました。
因果応報とは「親の因果が子に報い」という言葉に現される障害を罪の結果であるとする考えです。
弟子たちは日々イエスに付き従いながらも障害を罪の結果であるとする考えを払拭することができませんでした。
これを人ごととして笑うことはできません。
なぜなら私たちも障害を持っている人を見て「あの人が障害を持っているのはどのような神の御心によるのだろうか」と考えたことはないでしょうか?
もしあるなら二千年前のお弟子と何も変わるところがありません。

②あるカルト教会の障害者観

あるカルト教会では障害者の方々に対して「あなたは神のショーウィンドーです」と言うそうです。
これは一見前向きの信仰の表明のように思えます。
しかしそうではありません。
このような言葉が出てくる背景には障害者を特別扱いする思想があります。

イエスはこのような思想を打ち破ろうとして「この人に障害があるのは(あなたがたが考えているように)誰かの罪が原因なのではありません。この人は他の健常者と何ら変わるところがないのです。却ってこの人を通して神の栄光が現されるのです」と言われたのです。

③問題は障害者ではなく健常者にある

「障害は罪の結果」であるという間違った考えを持ったままイエスの言葉の表面だけを捉えてうまいことを言ってはなりません。
それは詐欺師と変わるところがありません。
大切なことは自分の内にある間違った思い込みに気づき、その考えを払拭することです。

2.人は誰でも何かしらの障害を持っている

①パウロの病気

パウロは目の病気や癲癇(てんかん)を持っていたのではないかと聖書の記事から推測されています。
パウロは神に繰り返し病の癒しを求めました。
神の応答は「私の恵みはあなたに十分である。私の恵みはあなたの弱いところに現れる」というものでした。
これによってパウロは「満ち足りた心を伴う神信仰」を持つことができました。

癒しを強迫的に求める人々に少しも満ち足りた心があるようには見えない理由がここにあります。
神様との人格的関係なしに聖書の言葉の表面を自分に都合の良いようになぞるだけでは決して真の神信仰に達することはできないのです。

②弱さを持っていない人はいない

薬物依存症者がアルコール依存症者を憐れんだとしたら、アル中の人々は「あなたにだけは憐れんで貰いたくない」と言わないでしょうか?
障害を持っている人に対して「可愛そうに」などと思うのは自分の問題を自覚していない証拠です。
罪人であるとは何かしらのコントロール不能な弱さを抱えているということです。
その弱さを自覚していなかったり「あの人が悪い」と人のせいにしたり「これは誰でも持っている問題だ」などと一般化したりしているうちは自分の罪が見えていないのです。
自分の問題が見えていない人が障害を持っている人に対して安っぽい哀れみをかけたり、安易な励ましを与えるなどは茶番劇でしかありません。

障害を持っている方に対して「かわいそう」と言ったり「頑張っててすごい」などとやたら褒めて感動したりしてはなりません。
自分の中にある間違った考えをそのままにして軽薄な同情を示してもかえって人を傷つけるだけです。
大切なことは自分の問題に向き合うことです。
その上で共感を現すことです。

3.ありのパパの『障害』への理解

あるとき混雑した新幹線乗り場で盲人の方が難儀しておられました。
ありのパパはその方をヘルプさせていただいたのですが、その際にその方が「ご迷惑をおかけしてすいません」と仰るのです。
ありのパパは「お互い様ですから。困っているときに助けるのは当たり前のことです」と申しました。
僅かな時間でしたが、その方とお交わりができました。
その時の経験からありのパパはこんなことを思いました。

『私は空を飛ぶという賜物を持っていません。
あなたは目が見えるという賜物をもっていません。

私には人を助けるという賜物があります。
あなたには人を励ますという賜物があります。』

同情は人を傷つけ、共感は人を励まします。
このことを忘れずに人々と接したいものです。

◎平安と祝福を祈っています。

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