なぜ戦国大名はキリシタン禁制を行ったのか?それは成功したのか?

マタイの福音書を見るとヘロデ王が自分の地位を危うくするかもしれない『救い主』の誕生を危惧して同じ時期に生れた幼子たちを皆殺しにしたという記事があります。

日本の戦国時代の大名もキリスト信徒を皆殺しにするということをやりました。

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①戦国大名は浄土真宗信徒に手を焼いていた

真宗門徒はある地域では大名を滅ぼして自治を行っていました。
一向一揆が盛んだった時期は1488年から1580年までです。

カトリックの宣教師であるフランシスコ・ザビエルが日本にやって来たのが1549年です。
丁度、一向一揆が火を噴く勢いで日本中を席巻していた時期と重なります。

ありのパパの推測ですが戦国大名は浄土真宗への宗教的な対抗勢力としてのカトリックに期待したのではないでしょうか?
貿易も行いたいという下心があった宣教師たちは戦国大名に融和的でしたから、戦国大名から見ると「この人たちは思い通りに動かすことが出来るかもしれない」と考えたのかもしれません。

しかし浄土真宗が織田信長との戦いに敗れて政治の表舞台から身を引いたとき、キリシタンは戦国大名にとって邪魔者でしかありませんでした。
浄土真宗の門徒を上回るキリシタンの信仰心や神への忠誠心は戦国大名にとっては脅威だったにちがいありません。

②戦国大名によるキリシタン皆殺し

キリシタン弾圧を徹底してやったのが徳川幕府でした。
当時60万人から200万人がキリシタンであったと言われていますが、その三分の一が海外に出国、三分の一が殉教、残った人たちは潜伏キリスタン(隠れキリシタン)となったのではないかと推測されます。

キリシタン達はたとえ殺されても失いたくない宝物をもっていました。
それはキリストにある命・喜び・希望です。
信仰者に本当の喜びがあるなら、信仰は重荷とはなりません。

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③キリシタン宣教師たちのこと

カトリック宣教師たちは出身地であるヨーロッパで政治的・宗教的権謀術数を用いることに馴れていました。
それで彼らは日本にやって来てからも権謀術数の能力を発揮しました。
誰が味方で誰が自分たちの脅威なのか慎重に見分けながら宣教を進めました。

しかしこれは政治的に見ると戦国大名が進める宗教勢力の分断という戦略に乗ったものでした。
結果はどうなったかと言うと、ライバルの浄土真宗は戦国大名に屈伏させられ政治の表舞台から退場させられました。
そしてキリシタンだけになったあとは今度は戦国大名に自分が抹殺されることになってしまいました。

戦国大名から見れば浄土真宗というやっかい者をお払い箱にした後はそのための道具でしかなかったキリシタンは用済みということになります。
もしカトリック宣教師たちが浄土真宗を初めとする他の宗教と友好的な関係を築けていればこのようなことにはならなかったかもしれません。
歴史に「もし」は禁句であると言われますが、私たちが歴史から教訓を学ぶことは大切なことです。

④私たちと同じ人間が権力者になると凶暴性を発揮する

権力を持っていない人には「善き人であれ」という社会的圧力が働き、無意識的に良い人を演じようとします。
しかし権力を持つと社会的圧力に従う必要がなくなり、自身の抑圧された本音が表に出てくるようになります。

ヒットラーも抑圧された少年時代を過ごしましたし、我が国の神道原理主義者たちも極めて抑圧された少年時代を過ごした者が多くいました。
もちろんそのことが彼らを免責してよい理由にはなりません。

なぜなら人間には自由意志が与えられており、抑圧された本音を許されない手段で露(あらわ)にするか、それともカウンセリング的アプローチをもって健全な方法で解決するかを自分で選ぶことができるからです。

⑤現代の教会はどうか?

現代の教会はキリシタンと同じように命がけの信仰を有しているでしょうか?
いいえ、決してそのようには見えません。

理由は神に従う信仰を何よりも大切にするのではなく、量的成長を優先する教会成長を第一にしているからです。

現代は教会を家族としてではなく、会社や組織のように見る傾向があります。
そうすると牧師は羊飼いではなく、牧場の経営者ということになります。
一匹一匹の羊の面倒を見る羊飼いではなく、営業成績が問題となる経営者ということになれば優先順位が必然的に変わらざるを得なくなってきます。

信徒もキリスト共同体の一員でなく、教会という組織のサービスを利用しているお客さん意識を持ちます。

牧師は経営者であり、信徒はお客さん、スタッフは会社員というのでは信仰が生き延びる余地はどこにもありません。

聖書に「裁きは教会から始まる」とあります。
まさしくこの御言葉が今成就しようとしています。
私たち一人一人は目を覚まして注意深く教会の動向を見守る必要があります。

◎平安と祝福を祈っています。

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