軍隊への市民的抵抗は許されるが、軍隊の社会への攻撃は許されない

2001年にアメリカでは国際貿易センタービル爆破事件などの同時多発テロが起きました。
これを期にアメリカ政府はテロとの戦いというスローガンを掲げてイスラム原理主義との戦いに突入しました。

しかしアメリカ政府自身が無差別テロを行っています。
それは1944年から45年にかけて行われた東京大空襲と広島・長崎への原爆投下です。
この攻撃の本質は人道に対する罪、戦争犯罪であるというところにあります。

①国家間の戦争と市民社会へのテロを分ける根拠は何か?

アメリカをはじめとする自由主義諸国の人々は国家間の戦争と市民社会におけるテロを厳密に分けて考えます。
しかし西側先進国以外ではこのような理解は稀(まれ)です。
正規の軍隊同士の戦いという構図は双方が同程度の軍事力・経済力をもっている場合にしか成立しません。
片方が規模において圧倒的に優っているときは劣っている方はゲリラ戦術を取らざるを得ないからです。
このような考え方に基づいてベトナム戦争が行われましたし、現在ではイスラム原理主義の人々がテロを用いた戦争を行っています。

②聖書は何と言っているか?

少なくないクリスチャンたちが聖書は殺人を禁じているから戦争に行かないと主張し徴兵拒否を行いました。
しかし彼らの純粋な気持ちは別にして彼らの主張は聖書によるものとは言えません。
なぜなら旧約聖書を見るとイスラエルは戦争に次ぐ戦争を行っているからです。
しかもその戦争を主導しているのは神ご自身であられるのです。
また新約聖書を見ると教会員の中に軍隊に属する者がいましたが、その者に対して軍隊に所属することを禁じるような指導はされていません。

③市民社会において殺人は厳しく禁じられている

神は国家の自衛権を認めています。
その一方で社会の内側において武力をもって戦うことを厳しく禁じていると考えることが出来ます。

これらのことを勘案して総合的に理解するとどういうことになるでしょうか?

a.国家間の戦争においては、正規軍同士の戦いのみが許される

b.相手側の市民社会に武力をもって攻撃してはならない

c.規模において相手側に圧倒的に劣っている場合はテロ戦術ではなく不服従運動をもって戦うべきこと

南アフリカのネルソン・マンデラやインドのガンジーは不服従運動をもって祖国に勝利をもたらしました。
一方のパレスチナ独立運動はいまだに目的を達成することが出来ていません。
この理由は目的達成の手段に市民社会へのテロ戦術を採用しているためであると、ありのパパは考えています。

④アメリカがやったことは市民社会に対する攻撃

これは聖書が禁じる「殺してはならない」という戒めへの重大な挑戦です。
日本人は忘れやすいと言われますが同様にアメリカ人も忘れやすい人たちであるようです。
自分たちがかつて日本にやったことを今度はイスラム原理主義の人たちにやられたのです。
これは確かに聖書が言うようにどんな国であっても不正義を行い、それを悔い改めないなら神の裁きが下るということの証明です。

アメリカが太平洋戦争で犯した罪、即ち原爆投下と東京大空襲の二つの罪を悔い改めない限り、アメリカが対テロ戦争で勝利することは出来ないでしょう。
なぜならすべてを支配しておられる全能の神が罪を悔い改めない者に対して勝利をお与えになることはないからです。

◎平安と祝福を祈っています。

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