原爆投下と9.11アメリカ同時多発テロ事件

2001年にアメリカでは国際貿易センタービル爆破事件などの同時多発テロが起きました。
これを期にアメリカ政府は、テロとの戦いというスローガンを掲げてイスラム原理主義との戦いに突入しました。

しかしアメリカ政府はこれより56年前に自身が無差別テロを行っています。
それは1944年から45年にかけて行われた東京大空襲と、広島・長崎への原爆投下です。
この攻撃の本質は、人道に対する罪、戦争犯罪であるというところにあります。

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①アメリカをはじめとする自由主義諸国の人々は、国家間の戦争と市民社会におけるテロとを厳密に分けて考える

しかし西側先進国以外ではこのように理解することは稀(まれ)です。
正規の軍隊同士の戦いという構図は、双方が同程度の軍事力・経済力をもっている場合にしか成立しません。
片方が規模において圧倒的に優っているときは、劣っている方はゲリラ戦術を取らざるを得ません。
このような考え方に基づいて、ベトナム戦争が行われましたし、現在ではイスラム原理主義の人々がこの理解に立って、テロを用いた戦争を行っています。

②聖書は何と言っているか?

少なくないクリスチャンたちが、聖書は殺人を禁じているから戦争に行かないと主張し、徴兵拒否を行いました。
しかし彼らの純粋な気持ちは別にして、彼らの主張は聖書によるものとは言えません。
なぜなら旧約聖書を見ると、イスラエルは戦争に次ぐ戦争を行っているからです。
しかもその戦争を主導しているのは、神ご自身であられるのです。
また新約聖書を見ると、教会員の中に軍隊に属する者がいましたが、その者に対して軍隊に所属することを禁じるような指導はされていません。

③社会の内側においては、殺人が厳しく禁じられている

これは何を意味しているのでしょうか。
神の御心は国家の自衛権を認めています。
その一方で社会の内側において、武力をもって戦うことを厳しく禁じていると考えることが出来ます。

④これらのことを勘案して総合的に理解するとどうなるか?

a.国家間の戦争においては、正規軍同士の戦いのみが許されるべきこと。

b.相手側の市民社会に武力をもって攻撃してはならないこと。

c.規模において相手側に圧倒的に劣っている場合は、テロ戦術ではなく、不服従運動をもって戦うべきこと。

南アフリカのネルソン・マンデラやインドのガンジーは、不服従運動をもって祖国に勝利をもたらしました。
一方のパレスチナ独立運動はいまだに目的を達成することが出来ていません。
それは目的達成の手段に市民社会へのテロ戦術を採用しているためであると、ありのパパは考えています。

⑤アメリカがやったことは、市民社会に対する攻撃

これは聖書が禁じる「殺してはならない」という戒めへの重大な挑戦です。
日本人は忘れやすいと言われますが、同様にアメリカ人も忘れやすい人たちであるようです。
自分たちがかつて日本にやったことを、今度はイスラム原理主義の人たちにやられたのです。
これは確かに聖書が言うように、どんな国であっても不正義を行い、それを悔い改めないなら、神の裁きが下るということの証明であるのです。

◎アメリカが太平洋戦争で犯した罪、即ち原爆投下と東京大空襲の二つの罪を悔い改めない限り、アメリカが対テロ戦争で勝利することは出来ないでしょう。
なぜならすべてを支配しておられる全能の神が、罪を悔い改めない者に対して勝利をお与えになることはないからです。