ヨハネの黙示録には悪魔や地獄だけではなく難解な預言が出てくる!

聖書を読んでいると理解に苦しむ個所があります。
リベラル派のクリスチャンであるなら「聖書が書かれた時代の制約を受けているため」という理解になるかもしれません。
そのような難解さを感じる個所としてはダニエル書や黙示録などの預言書があげられます。

なぜ難解さを感じるかと言えば正しく理解しようと思うからです。
正しく理解しようと思わないならばこんなに楽しい個所はありません(笑)。

1.黙示録の外れた解釈やトンデモ解釈の実例

①米ソ対立の時代のソ連を反キリストとした

その当時の社会の理解では米ソ対立は永遠に続くのではないかと思われました。
ですから誰かが「ソ連が反キリストである」と言えば、ある程度受け入れられる素地がありました。
ありのパパはその方の書いた解説書と黙示録を突き合わせて確認してみました。
その結果それらの主張は真っ赤な嘘であると判断しました。
なぜかと言うと面白おかしくご自分の主張に合せて黙示録のあちこちから聖句を引っ張りだしてきてパズルのように当てはめているのに過ぎないことが分かったからです。

②「七つの頭と十本の角があり、その角には十の冠をもつ」獣をEC(ヨーロッパ共同体)であるとした

それはその当時のEC加盟国が丁度、角の数と同数だったからです。
しかし後から加盟国が増えてしまい、この預言は外れることになります。

③バーコードを黙示録預言と結びつける

最近のトンデモ解釈としては黙示録13章16節にある「あるゆる人々の右の手か額に印を付けさせ、その印の付いていない者は物の売買が出来ないようにした」というのを、これはバーコードであると言った人がいました。

2.黙示録解釈を間違った人々

①ありのパパの間違い

ありのパパも好き勝手に黙示録を解釈していたという前科があります。
ありのパパ自身が書いた聖書通読用のノートがあります。
そのノートには「二人の預言者が預言を止めた」という個所を「これはカトリック教会とギリシャ正教会を指しているのではないか?」と書き、その理由を預言=説教⇒伝道活動と理解し、活発な伝道活動を止めたことを預言を止めたと解釈したのでした。
今読むと恥ずかしいの一言です(笑)。

②カトリック教会を反キリストであるとしたルター

黙示録を自分の好きなように解釈するというのはクリスチャンが持つ病気のようなものであるのかもしれません。
現在は黙示録を読む度に「そういや、この個所を間違って解釈した人がいたな~」と思い出すので、自分自身がトンデモ解釈をすることから免れています。

②クリスチャンブログと言われるものの中にある誤謬

特に中東情勢と聖書預言を結びつけるのが大好きなようです。
言っておられることを突き合わせると矛盾しているのですが、その方は少しも気にならないようです。

アルコール依存症者がどんなことをしてでも酒を飲みたいように、終末預言に結びつけることが出来るなら論理的矛盾などはお構いなしに世界情勢と聖書の預言を結びつけてしまうのです。

3.黙示録の解釈のルールとは?

①黙示録の預言を安易に現在の世界情勢に当てはめてはならない

多くのクリスチャンがこの誘惑に負けました。
そしてそれを信じた人々を多く集めました。
しかし預言は成就せず、信じた人々は散り散りばらばらになりました。

②「黙示文学」の形式で書かれている個所をストレートに解釈してはならない

そうしないと後になって恥を見ることになります。
そんなことをしなくても黙示録から恵みをくみ取ることは十分に可能です。

無理に分かろうとしなくても歴史がより終末に近づくにつれて、黙示録に書かれていることが段々と明らかになってきます。
ですから私たちはあせらずに待っていれば良いのです。

◎平安と祝福を祈っています。

“ヨハネの黙示録には悪魔や地獄だけではなく難解な預言が出てくる!” への4件の返信

  1. ありのパパさんへ

    こんばんは。黙示録って難しいー。

    「あせらず、待てばよい」、アーメンなのですが、解釈ではなく、「もしかしたら、そうなんじゃね?」というような予想みたいなことも控えるべきなのでしょうか?

    例えば、
    「小説のレフト・ビハインド(長かったぁ~)みたいなことが実際に起こるんじゃね?」

    「二人の預言者って、聖書の中で死んでない人、エノクとエリヤじゃね?」

    「干上がったユーフラテス川を渡って来る軍隊ってあの国の党の軍隊じゃね?」

    そういう思いを抱くのも、軽率な態度で控えるべきなのでしょうか?

    それとも許される許容範囲なのでしょうか?

  2. こんばんは、マッキーさん。
    コメントをありがとうございます。

    そうですね(笑)。その当てはめが大変危険なことです。
    また、そのようなことをしてもクリスチャンの信仰にとって有益なことが少しもありません。

    またコメントしてください。お待ちしています。

  3. おはようございます、ありのパパさん。

    了解です。

    考えてみると、「当てはめ」なければ、解釈に発展しませんものね。私も焦らず待つ、分からないことを無理に分かろうとしない姿勢になります。

    こういう時に、私のような忘れるのが得意技の者は助かります
    (笑) (大事なことは忘れんな!!←自分ツッコミ)

  4. こんにちは、マッキーさん。
    コメントをありがとうございます。

    そうですね。当てはめは楽しくはありますが依存性の強い麻薬のようなものです。
    これを続けていると必ず脱線します。
    お互いは自戒したいものです。

    またコメントしてください。お待ちしています。

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